52話 コーヒーを好きになるとき①

 帰りは駅まで、きーさんが送ってくれることになった。

 

 彼は赤い鈴を揺らしながら、玄関の扉を施錠せじょうする。左ポケットへ、鍵をしまった。それから手の甲を、俺の手の甲に一瞬、くっつけてきた。

 目を合わせ、笑みを交わす。

 

 外はすっかり、暗くなっている。わずかな電灯を頼りに、俺たちは並んで歩く。

 

「これからは、紅茶に入れる砂糖の量、できるだけ減らすよ」

「じゃあ俺、ブラックコーヒーやめて、きーさんが減らした分の砂糖入れますね」

 

 風が一吹きした。反射的に、彼の右ポケットへ手を入れる。

 なにかが指に当たった。平べったくて、先が尖っている。中で転がすと、チリン、と音がした。

「この合鍵、また貰ってくれる?」

 遠慮がちな質問に、声を弾ませて頷くと、白い息が宙へ上った。

 空には星が、またたいている。

 

「そうだ、きーさん。今度、二人で行きたいところがあるんです」

「ラブホテルは、無理だからね」

 耳元で、低く囁かれた。思わず、笑ってしまいそうになる。

「もっと、いい場所ですよ」

「え、もっと?」

 そのとき俺の携帯が、ポケットの中で震えた。電話だ。覚えのある名前が表示されている。

 ふわっふわした茶髪の男性の姿が、脳裏に浮かぶ。

 時刻は、二十時を過ぎていた。俺からの報告が、待ちきれなくなったのだろう。

 すぐ終わらせるつもりで、きーさんに断りを入れ、電話に出た。

 

「もしもし?」

「どうなった?」

 神妙な声が聞こえてきた。

 彼のポケットに片手を突っ込んだまま、視線を横へやる。

「いろいろあって、復縁しました」

「まじか!」

「もしかして、宏介?」

 俺は短く、きーさんに「はい」と答える。

 液晶画面を通して、大げさなため息が、耳まで届いた。

「よかったあー」

「心配、おかけ、しまして?」

 彼の反応に、引っかかりを覚えた。なんとなく、歯切れの悪い喋り方になってしまう。

 すると。

「いや。元はといえば、俺のせいだし。男と付き合うのは勿体ないとか、口出しして悪かったな」

 

 どうやら相良さんには、きーさんの悩みの根本が分かっていたみたいだ。

 なんだか面白くなかった。付き合いの差を、見せつけられた気がした。