53話 コーヒーを好きになるとき②

「相良さん、また勝負しましょう」

「……今度は、なにするつもりだよ」

「任せます。きーさんの恋人と世話係、どっちが上か決めますので、覚悟してください」

「え? 俺?」

 隣から、素っ頓狂な声がする。

 電話口、相良さんも喋る。

「いや。そもそも俺、桐本さんの世話係じゃねえし」

 

 建物が増えてきた。駅はもう、すぐそこだ。

 鍵を握りしめたまま、きーさんのポケットから手を抜く。冷たい空気に、さらされた。

 身も心も、一瞬で引き締まる。

 

「俺が全面的に、きーさんをサポートしても、いいんですか?」

 横断歩道は赤になり、二人揃って足を止めた。

 周囲の飲食店が放つ光は、眩しい。

 隣に立つ、長身のきーさんを見上げてみた。下がり気味の目尻や、ほころんだ唇を存分に眺める。

 

「おう。だから、大斗については俺に任せとけ!」

「うーん……、仕方ないですねえ」

 俺はわざと棒読みで、言った。

 それから相良さんを、横内の彼氏兼、新しい世話係に任命する。

 

 電話を切ると、鍵は丁寧に鞄へしまった。

 きーさんはもう、笑みを浮かべていない。

「横内君のこと、いいの?」

「はい。でも俺の助けなしで相良さん、音を上げなきゃいいですけど。アイツ、無鉄砲だし流されやすいんですよ」

「宏介は世話好きだから、きっと上手くやるさ」

 照明のせいだろうか。誇らしげな彼の横顔が、目に痛いくらい輝いて見えた。

 

「きーさんは、俺と相良さん、どっちの味方なんですか?」

「あれ? もしかして陸君、嫉妬?」

「してみたい、もんですね」

「あはは。相変わらず俺の恋人は、優秀だな」

「へへ」

 信号が、青になった。

 俺は小走りに、横断歩道を渡り始める。

「きーさん。今度、神社へ行きませんか? 一緒に初詣の仕切り直し、したいです」

「ああ、なるほど。確かにそこは『もっと、いい場所』だ。同行させてもらうよ」

 俺のあとを、まったりした声が追いかけてくる。

「たまには願いごと、してみようかな」

「俺は、お礼をしないと」

 

 いつの間にか五円玉にたくしたい望みは、なくなっていた。俺はもう、大人になることが全てだとは思っていない。神社には、きーさんと出会えた感謝の気持ちを、伝えに行くつもりだ。

「あ。でも、その前に」

 俺はまだ、彼に言いそびれていることが、あった。

 横断歩道を渡りきって、振り返る。

 きーさん、と呼びかけた。

 

「俺を好きになってくれて、ありがとう」

 

 口にすると、彼が駆け足で近づいてきた。勢いよく頭を、撫で回し始める。

 思わず笑い声をあげていた。

 体の内側が少しずつ、温まっていく。

 

 

 それは、まるで湯気の立つコーヒーを飲んだときみたいで――。

 

 

<おわり>