「相良さん、また勝負しましょう」
「……今度は、なにするつもりだよ」
「任せます。きーさんの恋人と世話係、どっちが上か決めますので、覚悟してください」
「え? 俺?」
隣から、素っ頓狂な声がする。
電話口、相良さんも喋る。
「いや。そもそも俺、桐本さんの世話係じゃねえし」
建物が増えてきた。駅はもう、すぐそこだ。
鍵を握りしめたまま、きーさんのポケットから手を抜く。冷たい空気に、さらされた。
身も心も、一瞬で引き締まる。
「俺が全面的に、きーさんをサポートしても、いいんですか?」
横断歩道は赤になり、二人揃って足を止めた。
周囲の飲食店が放つ光は、眩しい。
隣に立つ、長身のきーさんを見上げてみた。下がり気味の目尻や、ほころんだ唇を存分に眺める。
「おう。だから、大斗については俺に任せとけ!」
「うーん……、仕方ないですねえ」
俺はわざと棒読みで、言った。
それから相良さんを、横内の彼氏兼、新しい世話係に任命する。
電話を切ると、鍵は丁寧に鞄へしまった。
きーさんはもう、笑みを浮かべていない。
「横内君のこと、いいの?」
「はい。でも俺の助けなしで相良さん、音を上げなきゃいいですけど。アイツ、無鉄砲だし流されやすいんですよ」
「宏介は世話好きだから、きっと上手くやるさ」
照明のせいだろうか。誇らしげな彼の横顔が、目に痛いくらい輝いて見えた。
「きーさんは、俺と相良さん、どっちの味方なんですか?」
「あれ? もしかして陸君、嫉妬?」
「してみたい、もんですね」
「あはは。相変わらず俺の恋人は、優秀だな」
「へへ」
信号が、青になった。
俺は小走りに、横断歩道を渡り始める。
「きーさん。今度、神社へ行きませんか? 一緒に初詣の仕切り直し、したいです」
「ああ、なるほど。確かにそこは『もっと、いい場所』だ。同行させてもらうよ」
俺のあとを、まったりした声が追いかけてくる。
「たまには願いごと、してみようかな」
「俺は、お礼をしないと」
いつの間にか五円玉に託したい望みは、なくなっていた。俺はもう、大人になることが全てだとは思っていない。神社には、きーさんと出会えた感謝の気持ちを、伝えに行くつもりだ。
「あ。でも、その前に」
俺はまだ、彼に言いそびれていることが、あった。
横断歩道を渡りきって、振り返る。
きーさん、と呼びかけた。
「俺を好きになってくれて、ありがとう」
口にすると、彼が駆け足で近づいてきた。勢いよく頭を、撫で回し始める。
思わず笑い声をあげていた。
体の内側が少しずつ、温まっていく。
それは、まるで湯気の立つコーヒーを飲んだときみたいで――。