51話 特別な人⑤

 彼も、復縁を望んでいるんじゃないだろうか。一度、別れを口にしてしまったから、切り出しづらいだけで。

 

 もしかしたら、という期待は、常に俺を裏切ってきた。でも今回だけは、正しい感じがする。

 

 俺は彼を抱く腕に、力を込めてみた。

 『やっぱり』から始まる一言が、聞きたい。

 

「好きだよ」

 不意に耳元で、ささやかれた。

「はい」

 沈黙が流れる。

 

 言葉の続きを待つ間、俺は思った。

 もし恋人に戻れるなら、今後は自分から、二人の妥協点をいろいろ探っていきたい。体の面でもきーさんに、もっと悦んでもらうのだ。

 

「本気で、好きだから」

「はい」

 静かな、じれったい時間が過ぎていく。

 我慢できなくなって、口を開いた。

「傍にいさせてください。友達よりずっと近い距離で、あなたの役に立ちたいです」

「……ねえ。君は、俺を甘やかすのが趣味なの?」

「まさか。自分勝手な、だけですよ。きーさんの笑顔を見たい。沢山のことを、共有したい。恋人として、心の隙間を埋めてもらいたい。ずっと、ずーっと。だから、あなたを大切にするんです」

「将来を、棒に振っても?」

「遠い未来より、明日きーさんと会えない方が問題なので」

 

 彼は少し、困ったような顔をした。

 けれど視線が合うなり、笑みに変わる。

 あどけない、少年みたいな表情になった。

 

「陸君の、きーさんって呼ぶ声が好きだよ」

 すぐに、台詞の意味を理解する。

 『一日一回、恋人の好ましく感じるところを伝え合う』日常が、戻ってきたのだ。

「へへ」

「……ごめん。俺も相当、自分勝手だ」

「気持ちを受け入れてもらえて、嬉しいです」

 

 脳裏に、きーさんの言葉がよみがえってきた。

 『君の全部が好きなんだ』。

 彼は、励ましてくれた。

 『変かどうかなんて、他人に決められるものじゃないよ』。

 『全てをきちんと理解する前に、自身を否定してしまうのは、早すぎなんじゃないかな?』。

 

 言う通りだと思う。でも多分、誰も今の俺を認めてくれなかったら、いずれ自信を失っていただろう。

 きーさんは、『特別な人』だ。いて当たり前なんかじゃない。俺を、俺でいさせてくれる、唯一無二の存在だ。

 

 顔を近づけてみた。まばたきが、返ってくる。

 構わずキスしようとしたところで、お腹の辺りに違和感を覚えた。視線を下へやる。

「あ」

 そこには、シロがいた。俺ときーさんの間に挟まったまま、潰れかけている。

 瞳孔の開ききった目と、目が合った。

 幻聴だろうか。暑い、と呟く声を聞いた気がした。