50話 特別な人④

 なるべく淡々と、説明をする。

 きーさんに悪影響を与えてしまった。自分と付き合っていたら、まともな恋愛ができなくなってしまう、と。

 

 話の途中、きーさんは何度も内容を聞き返してきた。そうして最後には、ぐったりした表情も見せた。

「確かに俺は、森君を信用してるけど――」

「ですよね」

「浮気の心配がいらないから、好きなつもりになってるとか――」

「はい」

「随分、ひどい勘違いだな」

「そう、ですか?」

 大きなため息を、つかれた。

「言っておくけど、森君の彼氏でいるのは、ちっとも楽じゃないから」

「え?」

「君は、いつだって突拍子もないんだ。安心感がほしいなら、むなしくてもシロを恋人扱いしてる方がよっぽどいい」

「え? そんなに?」

 声が、裏返ってしまった。

 

「本当、森君には驚かされるよ。別れ話をしたのは、俺の想いが負担になったからだとばかり思ってた」

「えぇ!? 俺、告白されたのはショックでしたけど、あなたの支えになりたい気持ちは、変わってませんよ!」

「君はまた、そういうこと言う……」

 きーさんはかすれた声を出すと、一瞬だけ黙った。

 再び、唇を開く。

 

「俺は、横内君とキスしたあと、考えを変えたんだ。多感な時期の子に、もう二度と手を出すつもりはなかった。……なのに君は、いつも俺を試すようなことばかりして」

「いつも、ですか?」

「うん、いつも。……君が性的魅力を感じる人じゃなくて、本当によかったよ。でなきゃ付き合ってるとき、歯止めがきかなくなって確実に暴走してた。いい大人だっていうのに……。俺は君の傍にいて余裕のあったためし、ないから」

 そのあと、きーさんは「恋なんて、面倒なばかりだ」と、呟いた。

 逃げて楽になった人が、出すような声とは、思えなかった。

 

 ひょっとして俺は、本当にひどい勘違いをしていたんじゃないだろうか。

 

 

 壁に寄りかかるシロが、小さく頷いたような気がした。

 

「へへ」

 そっか。なんだ、そっか。そうなんだ。

 

 思わずぬいぐるみを持ち上げると、ため息が聞こえてきた。向かいから腕が、伸びてくる。

 もしかしたら、と期待して、撫でやすいよう首を前へ曲げた。

 けれど彼が触れたのは、黒猫の頭だった。

 

「森君ほど俺を大切に思ってくれる人は、今後、もう現れる気がしないよ」

「俺、褒められてます?」

「まあね」

「やった!」

 はしゃぐと、シロごと抱きしめられた。素早い動きだった。

 でも体を包み込む腕に、ほとんど力は入っていない。柔軟剤の甘い香りが、鼻先をくすぐった。

 ゆっくり、きーさんの背中へ、手を回してみる。

 

「陸君」

 

 上擦った声がした。