「……森君。襲っておきながら、残念そうな顔しないでくれる? おじさん、ちょっと傷つくんだけど」
「あ。えっと、ごめんなさい」
頭はすっかり、冷静になっていた。彼の腕を引っ張り、身を起こすのを手伝う。
――できればきーさんに、恋愛感情を抱いてみたかった。
俺はその場へ、静かに腰を下ろす。コタツの中まで戻る気にはならない。
「……森君は、自分を変だと思ってる?」
「凄く。だって矛盾だらけで、意味不明です」
「なら、全てをきちんと理解する前に、自身を否定してしまうのは、早すぎなんじゃないかな?」
頭を上げると、きーさんは微笑んでいた。
彼のえくぼを眺めながら、ああそうか、と思う。
何故俺が、彼の恋人という立場に執着してしまうのか。
答えは簡単だった。
『特別な人』だからだ。
きーさんは立ち上がると、シロを壁に寄りかからせた。
「……俺、やっぱり彼女を作るなんて、できそうにありません。性別より、自分にとって問題なのは、きーさんかきーさんじゃないか、だけみたいです」
「……なら森君は、どうして俺と別れようと思ったの?」
広い背中が振り返り、真っ正面であぐらをかいた。
俺は、なるべく自然な動作を意識しながら、マグカップへ手を伸ばす。無言で、コーヒーを啜った。
思い込みの恋だなんて指摘したら、気を悪くするかもしれない。
「なんでも話せって言う割に、森君もあんまり考えを口にしてくれて、なかったんだね。君はいつ、俺の足手まといになったの?」
うつむき、胃に液体を流し続けた。
視線が痛い。
コーヒーはすぐに、飲み干してしまった。
「秘密です」
マグカップの底へ向かって、呟いた。
すかさず質問が返ってくる。
「理由は?」
「言う必要、ないですよね」
「聞く権利はある」
「……体の関係を結ぶのが、難しいからです」
「それだけ?」
もっともらしい答えを用意したはずが、眉をひそめられてしまう。
黒猫に、目で助けを求めた。けれど無表情のまま遠くを眺めるだけで、役に立ちそうもない。
よくよく考えてみればシロは、俺の味方である以前に、きーさんの持ち物であり、味方だった。
「俺は恥を忍んで『希望』の意味を、教えたのに」
「……話しても、俺を嫌いになりませんか?」
恐る恐る尋ねると、きーさんは「うっ」と呻いた。
「むしろ、その一言で余計、君を好きになりそうなんだけど」
「絶対、嫌わないでくださいね」
「う、うん」
俺はゆっくり、きーさんの方へ向き直ると、正座をした。