49話 特別な人③

「……森君。襲っておきながら、残念そうな顔しないでくれる? おじさん、ちょっと傷つくんだけど」

「あ。えっと、ごめんなさい」

 頭はすっかり、冷静になっていた。彼の腕を引っ張り、身を起こすのを手伝う。

 

 ――できればきーさんに、恋愛感情を抱いてみたかった。

 

 

 俺はその場へ、静かに腰を下ろす。コタツの中まで戻る気にはならない。

「……森君は、自分を変だと思ってる?」

「凄く。だって矛盾だらけで、意味不明です」

「なら、全てをきちんと理解する前に、自身を否定してしまうのは、早すぎなんじゃないかな?」

 

 頭を上げると、きーさんは微笑んでいた。

 彼のえくぼを眺めながら、ああそうか、と思う。

 何故俺が、彼の恋人という立場に執着してしまうのか。

 答えは簡単だった。

 『特別な人』だからだ。

 

 きーさんは立ち上がると、シロを壁に寄りかからせた。

「……俺、やっぱり彼女を作るなんて、できそうにありません。性別より、自分にとって問題なのは、きーさんかきーさんじゃないか、だけみたいです」

「……なら森君は、どうして俺と別れようと思ったの?」

 広い背中が振り返り、真っ正面であぐらをかいた。

 俺は、なるべく自然な動作を意識しながら、マグカップへ手を伸ばす。無言で、コーヒーをすすった。

 思い込みの恋だなんて指摘したら、気を悪くするかもしれない。

 

「なんでも話せって言う割に、森君もあんまり考えを口にしてくれて、なかったんだね。君はいつ、俺の足手まといになったの?」

 うつむき、胃に液体を流し続けた。

 視線が痛い。

 コーヒーはすぐに、飲み干してしまった。

 

「秘密です」

 マグカップの底へ向かって、呟いた。

 すかさず質問が返ってくる。

「理由は?」

「言う必要、ないですよね」

「聞く権利はある」

「……体の関係を結ぶのが、難しいからです」

「それだけ?」

 もっともらしい答えを用意したはずが、眉をひそめられてしまう。

 黒猫に、目で助けを求めた。けれど無表情のまま遠くを眺めるだけで、役に立ちそうもない。

 よくよく考えてみればシロは、俺の味方である以前に、きーさんの持ち物であり、味方だった。

 

「俺は恥を忍んで『希望』の意味を、教えたのに」

「……話しても、俺を嫌いになりませんか?」

 恐る恐る尋ねると、きーさんは「うっ」と呻いた。

「むしろ、その一言で余計、君を好きになりそうなんだけど」

「絶対、嫌わないでくださいね」

「う、うん」

 俺はゆっくり、きーさんの方へ向き直ると、正座をした。