47話 特別な人①

 俺はできるだけゆっくり、壁際へ手を伸ばした。黒猫を抱きしめる。

「きーさん。帰る前に一つだけ、教えてください」

 俺は最後にどうしても、聞いておきたいことがある。

 単刀直入に、尋ねてみた。

「『希望』って、なんですか?」

「え?」

「以前、布団の中で話してくれましたよね。『希望』を見せてもらってるって。俺でも、きーさんに与えられる、それはなんですか?」

「秘密」

 

 彼は、はにかむとコタツを出て、俺の傍へしゃがみ込んだ。

「けど、もう会わないから……言ってもいいか」

 優しい手つきで、シロを奪われた。

 すぐ近くに、きーさんのほぐれた顔がある。

 期待で胸が、ドキドキしていた。

 

 

 要するに俺は、褒められたかったのだ。

 周りから否定されるだけが、自分じゃないと思わせてほしかった。きーさんの温かな声で、俺のこれからを後押ししてほしかった。

 そうすればもう会えなくても、きっと我慢していける。

 

「俺にとって森君は、特別な人になる気がしたんだ」

「特別な人、ですか?」

「ずっと傍にいたいって思える、家族みたいな存在、かな」

 きーさんはシロへ、視線を落とした。黒い両耳を摘まんで、軽く引っ張る。

 

「出会ったばかりの俺を、どうして? 浮気の心配をしなくて、いいからですか?」

「うーん。なんていうか、君といると息苦しさを感じないんだ。俺の見た目から勝手なイメージを、作ったり押しつけてこないだろ? それでかな。あ、あと。きーさんだから、ほっとけないって言って食事を作ってくれたとき、凄く嬉しかった」

 無邪気な笑顔を見ていたら、胸が締めつけられそうになった。

「なんで」

 勝手に、言葉がこぼれた。

 

「こんな気持ちになったの、森君が初めてだよ」

「なんで」

 また、言葉がこぼれた。

「あ、違うか。シロといるときも、似たような感覚になる」

「なんで」

「ぬいぐるみと一緒にするなんて、失礼か」

「なんで」

 言葉の続きを、どう見つければいいのか分からない。

 なんで、なんで、なんで。

 もどかしくなりながら、口を開く。

「なんで」

 同じ言葉ばかり、こぼれる。

 

「森君を思い浮かべるだけで、俺は幸せな気持ちになれた。結構、大きな存在だったんだよ。傍にいたら駄目だって気づいたときは、君を嫌いになる方法がないか、本気で悩んだんだ」

 

 頭の中が、真っ白になる。

 気づけば、彼の腕を掴んでいた。

 

「ごめん。余計な話まで、したかな?」

「きーさんは、馬鹿です」

「ばっ……!?」

 もう、『なんで』の先にある言葉を考える余裕は、なくなっていた。