「きーさん。また、遊びに来ていいですか?」
「駄目」
「電話は?」
「駄目」
「メッセージも?」
「駄目」
「もう会わないつもりですか?」
「うん」
「本当に?」
「本当に」
「……俺、彼女より、きーさんがほしいです」
「い、今すぐ、帰ってくれ!」
駄々をこねれば、こねるほど理想通りの反応が返ってきた。
「俺のためを思ってくれてるのは、分かります。けど正直、ありがた迷惑ですよ」
「そんなはっきり言わなくたって、いいだろ!?」
「……あれ? もしかして俺、さっきから困らせてます?」
わざと、とぼけて尋ねたら
「凄まじく」
と、満足できる返事をもらうことができた。
「じゃあ、妥協案。他に好きな人が現れたら、俺の友達になってください」
「傍にいると、多分また、森君を好きになる気がする」
「きーさんって、突然とんでもない台詞、口にしますね」
「君には言われたくないよ」
彼は息を吐くと、小皿にティーバッグを置いた。両手で、マグカップを包み込む。
――そろそろ、だろうか。
冷めて余計、不味くなったコーヒーを、啜ってみた。
「なら更に、妥協案」
「次はなに?」
どうでもよさそうな顔をされる。
俺はまた、コーヒーを体へ流し込んだ。
つまらない味だった。早くバームクーヘンで、口直しがしたい。
だから勢いよく喋った。
「俺はあなたの希望通り、彼女を作る努力をします」
きーさんの瞳が、広がった。
「その代わり、紅茶へ入れる砂糖の量は、一杯につき二本までにしてほしいです」
初めから、頼んだところで友達になってもらえないのは、分かっていた。
俺との関係を、『赤の他人』と断言したくらいだ。簡単に考えは変わらないだろう。それでも無理を言って困らせたのは、妥協案に持ち込むためだった。
彼は頬を引き締めながら「……うん」と、ゆっくり頷いた。
「あと。もっと、しっかりご飯を食べてください」
「うん」
「体、大事にしてくださいね。じゃないと、また家まで押しかけますよ」
「分かった」
きーさんは大きく頷いて、ありがとうと口にした。
こちらこそだ。
同意してくれて、ありがとうございます。
心の中で呟くと、俺は頬を緩め、フォークを握りしめる。
視線を落とした。皿の上には、なにもない。バームクーヘンは既に、食べ終えていたんだったと、思い出した。
仕方なく、もう一度コーヒーを啜る。
彼もマグカップに、口をつけた。けれど眉根を寄せ、飲むのをすぐやめてしまう。
そういえば紅茶を入れ直したあと、砂糖を足していなかった気がする。
どちらからともなく、天井を見上げた。
「うへえ」
同時に声が出る。目を合わせ、お互い笑った。
きっともう、大丈夫。きーさんは、前を向いていけるだろう。