46話 再会⑥

「きーさん。また、遊びに来ていいですか?」

「駄目」

「電話は?」

「駄目」

「メッセージも?」

「駄目」

「もう会わないつもりですか?」

「うん」

「本当に?」

「本当に」

「……俺、彼女より、きーさんがほしいです」

「い、今すぐ、帰ってくれ!」

 駄々をこねれば、こねるほど理想通りの反応が返ってきた。

 

「俺のためを思ってくれてるのは、分かります。けど正直、ありがた迷惑ですよ」

「そんなはっきり言わなくたって、いいだろ!?」

「……あれ? もしかして俺、さっきから困らせてます?」

 わざと、とぼけて尋ねたら

「凄まじく」

 と、満足できる返事をもらうことができた。

 

「じゃあ、妥協案。他に好きな人が現れたら、俺の友達になってください」

「傍にいると、多分また、森君を好きになる気がする」

「きーさんって、突然とんでもない台詞、口にしますね」

「君には言われたくないよ」

 彼は息を吐くと、小皿にティーバッグを置いた。両手で、マグカップを包み込む。

 ――そろそろ、だろうか。

 冷めて余計、不味くなったコーヒーを、すすってみた。

 

「なら更に、妥協案」

「次はなに?」

 どうでもよさそうな顔をされる。

 俺はまた、コーヒーを体へ流し込んだ。

 つまらない味だった。早くバームクーヘンで、口直しがしたい。

 だから勢いよく喋った。

 

「俺はあなたの希望通り、彼女を作る努力をします」

 きーさんの瞳が、広がった。

「その代わり、紅茶へ入れる砂糖の量は、一杯につき二本までにしてほしいです」

 

 初めから、頼んだところで友達になってもらえないのは、分かっていた。

 俺との関係を、『赤の他人』と断言したくらいだ。簡単に考えは変わらないだろう。それでも無理を言って困らせたのは、妥協案に持ち込むためだった。

 

 彼は頬を引き締めながら「……うん」と、ゆっくり頷いた。

「あと。もっと、しっかりご飯を食べてください」

「うん」

「体、大事にしてくださいね。じゃないと、また家まで押しかけますよ」

「分かった」

 きーさんは大きく頷いて、ありがとうと口にした。

 こちらこそだ。

 同意してくれて、ありがとうございます。

 心の中で呟くと、俺は頬を緩め、フォークを握りしめる。

 

 視線を落とした。皿の上には、なにもない。バームクーヘンは既に、食べ終えていたんだったと、思い出した。

 仕方なく、もう一度コーヒーをすする。

 彼もマグカップに、口をつけた。けれど眉根を寄せ、飲むのをすぐやめてしまう。

 そういえば紅茶を入れ直したあと、砂糖を足していなかった気がする。

 どちらからともなく、天井を見上げた。

 

「うへえ」

 同時に声が出る。目を合わせ、お互い笑った。

 

 

 きっともう、大丈夫。きーさんは、前を向いていけるだろう。