「森君を諦めたのは、俺が男だからだ」
「なんで……」
話す途中、相良さんの言葉を思い出した。
『ゲイじゃないのに、男と付き合うとか……勿体なくねえ?』
『わざわざ、面倒な生き方を選ぶようなもんだろ?』
「なんで」
また同じ台詞が、口から漏れた。けれど二つの意味合いは、全く違う。
「ずっと、宏介の言葉が引っかかってた。付き合うなら、異性の方が絶対にいい。結婚できるし、子供を作ることも視野に入れられる。わざわざ選択肢を狭めるなんて、森君のためにならないだろ?」
「なんで――」
「君のテスト期間中、気持ちを整理していたんだ。このまま自然消滅に持ち込もうと、考えたりもした。けど結局、覚悟を決められなくて……。森君から別れを切り出されたときは、肩の荷が下りた気分だったよ」
「それで……」
それで、ホッとした顔をしていたんですね。
うまく声が出なかった。息を吸い込むと喉の奥は、ただ引きつる。
「だから森君とはもう、仲よくできない。女の子と、付き合ってほしい」
「友達にも、なれませんか?」
「そんなの、恋人でいる以上にもどかしいよ」
彼は立ち上がると、キッチンへ引っ込んだ。ヤカンを手に、戻ってくる。マグカップに湯を注ぎ、また姿を消した。
今度は手ぶらで現れ、席に着く。ティーバッグを、湯の中で揺らし始めた。
気のせいか、目の端が少し赤い。
「俺はあなたの傍にいられたら、結婚とか、どうだっていいんだけどな」
ぼやくと、きーさんは弾かれたように頭を上げた。
「も、森君!」
「はい?」
「プロポーズは、女の子に!」
「え? プロポーズ?」
首を傾げると、ほてった頬がそっぽを向いた。
シロへ視線をやってみる。相変わらずの、無表情だ。
「変な、きーさん」
「桐本さん、だから!」
「はい、きーさん」
「本当に、まったく君は」
「へへ」
「褒めてないし!」
きーさんが俺を避ける、本当の理由をちゃんと聞けた。
大きな一歩だ。今ならなんだって、うまくいく気がする。
俺には、まだまだ、やるべきことがあった。