「バームクーヘン、一緒に食べませんか?」
「コーヒー以外、受け取らないんじゃなかった?」
「でも、俺のために選んでくれたんですよね?」
きーさんは黙って、コンロに火をつけた。
紙袋は、流しの脇に置かれている。都合のいい解釈をしようと、決めた。
中にある箱を、開ける。ドーナツ状のケーキが現れ、バターと卵の優しい香りが、鼻先をくすぐる。
早速、包丁で切り分けた。皿を二枚、出してもらう。
きーさんは、不機嫌な顔を決め込んでいる。構わずバームクーヘンを、コタツに運んだ。
引き返すと、ヤカンが鳴きだす。茶色い粉末の入ったマグカップへ、湯を注いだ。香りはあまり立たない。
そういえば開封して、もう二ヶ月以上は経つ。味も落ちてしまっただろうか。
カップの中をかき混ぜないまま、しばらく眺めていた。色合いが段々と、変わっていく。熱に溶けた粉は、波紋を描き始めた。
きーさんは隣で、紅茶のティーバッグを湯に浸している。
それぞれ飲み物を手に、席へ着いた。
「いただきます」
バームクーヘンへ、フォークを突き刺してみる。
口に入れると想像していたより、ずっと、ふんわりした食感だ。
「きーさん、これ美味すぎです!」
思わず叫んでしまう。
手が止まらなくなった。できればゆっくり味わいたいのに、体は言うことを聞いてくれない。自分好みの上品な甘さで、夢中になって食べていた。
「よければ、俺の分もあげる」
きーさんは、バームクーヘンを別の皿へ移しながら、苦笑気味に呟く。
「森君の作ってくれたチョコの方が、美味しかったよ」
突然、我に返った。
なんか俺、家に来た目的を見失いかけてる。
フォークを、皿に置いた。咳払いしてみる。
コーヒーを、啜った。
体が温まる。だけど苦くって、ちょっと不味い。
「あの、きーさん」
「桐本さん、ね」
彼はまるで、俺の続けようとしている言葉が、分かっているみたいだ。厳しい声で、牽制してきた。
「きーさん」
俺はあえてもう一度、あだ名を口にする。
彼の唇が、わずかに歪んだ。
「また、仲よくさせてもらえませんか?」
「どうして? 横内君の知り合いだから?」
表情が硬くなる。空気も、重くなった。
無意識に、視線を動かしていた。シロはただ、じっと虚空を眺めている。
俺は大きく、息を吸い込んだ。正面へ向き直る。
「きーさんだからです」
言い切ると、目を丸くされた。でもすぐに、うつむかれてしまう。
「……あのさ。どうして俺が、森君と付き合ったか分かる?」
「さあ」
「君が高校生だからだよ」
きーさんは、スティックシュガーを掴んだ。袋を破くと、紅茶に流し入れていく。
「俺は君を、横内君の代わりにしようとしていたんだ」
一本、二本、三本。砂糖の勢いは止まらない。だけど指先は、震えていた。