「どうぞ」
「へへ。お邪魔します」
急ぎ足で、玄関に入った。下駄箱の上から、猫のぬいぐるみが出迎えてくれる。
耳と耳の間を撫でてみた。どことなく、嬉しそうな顔をしている気がする。
振り返ると、きーさんが俺を見つめていた。目尻を下げ、穏やかな雰囲気を漂わせている。なんだか懐かしい。
「きーさん、ちょっと痩せました?」
「さあ、どうだろう」
思いきり、背中を向けられた。彼は紙袋を持ったまま、キッチンへ去っていく。
――やっぱり、俺に家まで来られて、迷惑なんだろうな。
一瞬、心が折れそうになる。
首を振って、小脇にシロを抱えた。
ぬいぐるみだって、いい。味方がほしかった。
黒猫はリビングの壁へ、寄りかからせる。
相変わらず、家の中は殺風景だ。
断りを入れて洗面所まで行き、手を洗う。キッチンへ顔を出した。
彼は、ヤカンに水を張っている。以前も身につけていたグレーのニットが気のせいか、だぶついて見えた。
ふむ。
なんとなく、両腕を伸ばしてみる。きーさんの腰回りに、手を当てた。
ぎゃっ、と変な悲鳴があがる。
「やっぱり、痩せましたね。ちゃんとご飯、食べてますか?」
「森君、離れて! すぐ、離れて!」
「いつまでも若いつもりじゃ、駄目ですよ」
「分かったから、食べるから!」
「本当ですか?」
「本当、本当!」
「なら、いいですけど」
俺はくびれの辺りをもう一撫でして、彼を解放した。
「……君は、本当にマイペースだな」
「褒めてます?」
「全然」
否定されても、不思議と嫌な気分にはならなかった。
彼の耳が、真っ赤だからだろうか。それとも手で覆う瞬間に見えた口元が、しまりのないものだったからだろうか。
気持ちに少し、余裕が出てきた。