翌日。俺は片付けたばかりの絵をまた、引っ張り出してみた。
額縁をこれまでと真逆な、シンプルで落ち着いた色合いのものに交換する。そうして自室へ飾ったら、以前より周りに溶け込んだような感じがした。真っ赤な紅葉も生き生きと輝き、全く違った印象になる。
父は腕を組んで、「秋が来たな」と大きく頷いた。
俺は二週間を目途に、待ち続けた。
もうすぐ、きーさんから声がかかるはずだ。
相良さんとは携帯で、短い文のやり取りをするようになった。ときどき無神経な発言をされるけれど、暇つぶしの相手には丁度いい。
趣味の料理も再開した。
メッセージが届いたのは、喫茶店での出来事から、十日ほど経った頃だった。
『渡したいものが、あります。三月十四日の夕方、外で会えませんか?』
あまりにも他人行儀な文章に、苦笑してしまった。きっと送信ボタンを押すまで、何時間も葛藤したのだろう。
きーさんは、面倒な人だ。ホワイトデーに、お返しを『絶対』渡すなんて断言したから、約束を破るわけには、いかなくなってしまった。彼はそういう人だ。
分かっていた。
すぐ、返事をする。無理やり待ち合わせ場所を、きーさんの家に変更してもらう。
当日は、朝から珍しく緊張していた。きっと彼に構ってもらえる、最後の機会だ。後悔しないよう、話す内容はあらかじめ考えておいた。
俺は最後にどうしても、聞いておきたいことがある。
彼の家へ辿り着いた。大きく、深呼吸をする。チャイムを鳴らすと内側から、鍵の外れる音がした。
ゆっくりドアノブが下がって、扉は少しだけ開く。
「……久しぶり」
顔を覗かせるなり、きーさんはうつむいた。
「お久しぶりです」
俺はできるだけ、明るく返事をする。
「わざわざ、来てもらってごめんね。はい、これ」
扉の隙間から、紙袋を差し出された。有名な洋菓子店のロゴが、目に入る。
「チョコのお礼だから」
俺は受け取る代わりに、両手を後ろで組んだ。
「どうして、視線を合わせてくれないんですか?」
沈黙が流れる。馴れ合うつもりは、ないみたいだ。
なら、俺にも考えがある。
「ホワイトデーはコーヒー以外、受け取りませんよ」
「ごめん。袋の中身、バームクーヘンなんだ」
「じゃあ、きーさんの家にあるインスタント、飲ませてください」
「家へ上げるのは、ちょっと」
「お返しは、俺の喜ぶものにしてもらえる約束ですよ。それと以前、言ってくれたじゃないですか。『好きなときに好きなだけ、うちで飲んでいいからね』って」
俺は簡単に引き下がるつもりなんて、なかった。
「……森君は本当に、物覚えがいいな」
「褒めていただき、光栄です」
きーさんは目を伏せたまま、長いため息をつく。
扉が大きく開いた。