「人ごとみたいな顔、するなって」
「はあ」
コップへ手を伸ばした。コーラと一緒に、氷を口に含む。
「うまく言えないけど、なんかお前ら、二人でいると『特別』な感じがした」
「いろんな意味で、『特殊』でしたからね」
俺は氷を、舌に乗せて転がした。
きーさんと過ごした日々を、振り返ってみる。
普通とは、ほど遠い毎日だった。唯一、模範的なカップルとしていられたのは、別れ際だけだったかもしれない。
「羨ましかったよ。知り合ってまだ日が浅いのに、きちんと信頼関係できてるのが、こっちまで伝わってきてさ」
「まともな付き合い方じゃ、ありませんでしたけど」
「それでも俺は、羨ましかった」
「はあ」
普通じゃなくても羨ましいって、なんだろう。頭が、こんがらがってくる。
「俺とじゃあ、スキンシップもままならないのに、ですか?」
「お互いの妥協点を見つければ、いいだけだろ」
『きーさんの柔らかい唇の感触が、好きです』。
脳裏に、あの台詞がよみがえってきた。
氷に歯を立て、思いきり砕く。
「簡単に言いますね。実際付き合ったら、きっと、もどかしくなりますよ」
「恋人同士なのに、気持ちが一方通行って方が、よっぽど辛いけどな」
相良さんのすぼませた目には、哀れみの色が浮かんでいる。
ああ、そうか。
俺は氷を飲み込むと同時に、理解した。
彼はただ、片想いするきーさんに、同情していただけなのだ。
俺みたいな奴と付き合うのを、変に思っていたわけじゃない。
肩から力が、抜けていった。背もたれに身を預ける。
向かいでは相良さんが、ミルクの入った容器を掴んでいた。コーヒーに注ぎ始める。
「えっ、どうして!?」
叫ぶと、彼は意地悪く笑った。円を描くようにしながら、スプーンを軽やかに動かす。明るい色がカップの中、広がっていった。
「ブラックしか楽しまないなんて、損だろ?」
相良さんは、啜るなり「うん、美味い」と呟く。
これじゃあ、好きでもないブラックコーヒーばかり、拘って飲み続けてきた自分が馬鹿みたいだ。
勢いよく、コーラを呷った。
完敗だった。
横内が相良さんを選んだことに、頷けた。きーさんが相良さんを選んだことにも、頷けた。
恋愛感情や性的魅力なんて関係なく、俺はもっと根本的な部分で、相良さんに劣っている。
ずっと、ないものねだりを、していたのだ。結果が出なければ、『自分は普通と違うから』と言い聞かせて。地団駄、踏んで。
それだけだった。
きーさんとの件だって、同じだ。避けられる理由を決めつけ、尋ねようとさえ、しなかった。
否定的な自分への評価は、『どうにもならない事実』に関してだけで、充分だったのだ。
俺は人との違いにばかり、目を向けていつも、ただ逃げていた。
「……やっぱり、もう一度きーさんに会ってみます」
「マジか!」
勢いよく、相良さんが立ち上がった。周囲から、一斉に注目を浴びる。
「二週間ほど、時間をください」
気にせず話を続けると、彼は真顔で腰を下ろした。
皆の視線が散っていく。
「随分、長いな」
「ただ連絡を取ったって、相手にしてもらえるとは思えません」
「一緒に奇襲かけるか?」
「もっと簡単で、確実な方法があります」
それに俺は、自分だけの力でなんとかしたかった。
「結果的に別れましたけど、きーさんを大切に思う気持ちは、今だってあなたに負けませんよ」
自信たっぷりの笑顔を作ると、相良さんはカップを掴もうとする手の動きを止めた。
それから
「桐本さんがなんで特別、森君を大事に思うのか、分かってきた気がする」
と頬を緩め、ミルクたっぷりのコーヒーを啜った。