39話 敵わない大人②

 要約すると、近頃きーさんの調子が悪いようだ。仕事中も上の空で、相良さんは致命的なミスをしないか、心配なのだという。

「二人が別れたのは、知ってる。けど、まだ少しでも桐本さんに気持ちが残ってるなら、一度会ってもらえないか?」

「気持ちって言われても俺、元々、恋愛感情あったわけでもないですし」

「あー……。そっか」

 

 まただ。

 相良さんは、哀れむような目になった。カミングアウトをしたときに、きーさんへ向けていたのと同じ。その視線を、今は泳がせている。

 

「大体、会いに行ったところで、俺はなにもできませんよ」

「あんな美味いシチューが出せるんだから、大丈夫だって」

「料理と一緒にされても……」

「桐本さんに食べさせたいから、手間かけて作ったんだろ?」

「……まあ、はい」

 

 相良さんは、きっと分かっていない。世の中には努力したって、無駄に終わることはいくらでもある。

 どれだけ会いに行っても、まともに顔を合わせてもらえる気がしなかった。迷惑がられるくらいなら、なにもしない方がマシだ。

 

「相良さんがご飯に誘って、沢山話を聞いてあげてください。きーさん、愚痴るの好きなんで、きっと喜びます」

「俺が誘ってもなあ」

「あなたしか、元気づけられる人はいないと思いますけど」

「お前、本気で言ってる?」

「勿論」

 一口、コーラを飲んだ。ヘラっと笑う。向かいで頭を抱えられた。

 

 胸が痛かった。きーさんが不調なのは、きっと俺のせいだ。でもなにも、できそうにない。

 

 不意に、相良さんは顔を上げる。腕と腕の隙間から、真剣な眼差しを向けてくる。

「俺さあ、桐本さんと森君ってすげー、お似合いな気がしてた」

「そう、ですか?」

「だからお互い、少しでも思うところがあるなら、よりを戻してほしいんだよな」

「はあ」

 

 ならどうして、ときどき哀れむような目をするのだろう。

 俺には相良さんが、なにを考えているのか分からなかった。