38話 敵わない大人①

 下校途中、家の最寄り駅で相良さんを見かけた。

 最悪だ。極力、顔を合わせたくない。

 俺はうつむくと、早足で歩いた。けれどすぐ、叫び声に捕まってしまう。

 

「森君、頼む! 一生のお願い!」

 彼はぶしつけな通行人の視線にもめげず、手のひらを頭上で重ねてみせた。

「桐本さんに、会ってくれ!」

「いい年した大人が、一生のお願いって……」

 恐らく、仕事は休みなのだろう。相良さんは、随分とラフな恰好をしていた。ふわっふわした髪は、野球帽に押し込まれている。

 

「なあ、いいだろ? 俺を助けると思ってさあ」

「正直、相良さんを助けたくないんですけど」

 もう大人の対応をしようとは、思わなかった。

 それじゃあ、と言って立ち去りかけると――。

「コーヒー対決で負けただろ」

 痛いところを、突かれた。

 黙って、空を見上げてみる。日は、沈みかけていた。

「……詳細。手短に、お願いします」

「悪いな」

 自然と、大きなため息が出た。

 

 奢りだというので、喫茶店へ入ることにする。古風な雰囲気の店内は、クラシック音楽が流れていた。

 相良さんは奥のソファー席を俺に譲ると、帽子を脱ぐ。

 向かい合わせに座って、注文を済ませた。

 

「俺を、待ち伏せしてたんですか?」

「大斗抜きで、話したかったからさあ」

「だとしても――」

 文句を言う途中、飲み物が届いた。店員はすぐに去っていく。

 

「コーヒーじゃなくて、よかったのか?」

 相良さんが、したり顔を見せてきた。

 俺は小さな泡の浮かんだコップを、引き寄せる。

「もう、りです」

「美味いのに」

「俺には、苦いだけです」

 コップへ口をつけた。コーラの甘みと刺激が、交互に押し寄せてくる。美味い、と素直に思えた。

「で? 俺をきーさんと会わせたがる理由は、なんですか?」

「その、お節介なのは承知の上なんだけど――」

 

 彼の口調は、たどたどしい。でも話自体は難しくなかった。