放課後を自分一人のために、使えるようになった。もう、スーパーへ寄らなくてもいい。気持ちを誤魔化しながら、スキンシップをとる必要もない。楽だった。
学校では毎日、テストの返却が続いた。
恋人だった頃、きーさんが俺の成績を気にかけていたのを思い出す。机に並べた九十点台の答案用紙を、携帯のカメラで撮った。写真を送ってみる。既読にすら、ならなかった。
趣味の料理をする気力は、まるで湧かない。
昼休みは相変わらず、踊り場へ足を運んだ。横内と喋っていると、笑ったり驚いたり、忙しく感情が動く。特別な時間だ。
ときどき、頭に浮かぶ言葉がある。
『俺は、横内君を好きだった時期もあるんだ』。
彼はきちんと食事を、摂っているだろうか。
三月になった。外は、雨が降っていた。
「最近、つまんなそうだな」
踊り場でパンをかじっていると、横内が話しかけてきた。
「そうか?」
「入学したばっかりの頃もお前はよく、そういう顔してた」
「ふーん?」
「……少し、食う?」
横内は普段なら死守する弁当を、自ら差し出してきた。
丁重に、断っておく。
「桐本さんと、なにかあったのか?」
「うーん」
別に、落ち込んでるつもりはなかった。だから言わなくていい気もしたけれど、彼は本気で心配しているみたいだった。
迷った末、打ち明けることにする。
「きーさんに、告白された」
「マジか」
上擦った声が返ってくる。けれど顔はいつもの無表情で、なんだか凄く安心できた。
俺は口調をそのままに、続きも話す。
「横内の予想してた通り、関係も変わった」
「だから、言っただろ。距離、縮まったか?」
「別れた」
「え」
箸を握りしめたまま、横内は固まった。
隣で、パンをかじる。かじって、かじって、紙パックを掴んだ。ストローに噛みつく。
吸い込んだ液体は、ただ苦いだけだった。思わず天井を、見上げてしまいそうになる。
「理由は?」
「きーさんの、役に立ちたいから」
「どうして――」
「俺じゃあ、役に立てないから」
「馬鹿だろ」
「そうか?」
首を傾げて、コーヒーを飲んだ。苦味は口の中より先に、胸の奥へ広がっていく。
「後悔してねえの?」
「なんで?」
「なんでって、お前……」
言葉の続きは、目が訴えていた。
視線を外す。勢いよくストローを吸って、紙パックをへこませた。
冷たすぎるし、不味い。きーさんの家にあるインスタントの方が、まだ飲みやすかった。
コーヒーを味わうことのできる、相良さんが羨ましい。
彼はいつだって、俺のほしいものを当たり前のように持っているのだ。
「やっぱ俺の弁当、食う?」
「腹一杯だから、いい」
横内はいつになく、気を遣ってくる。今なら多少、無茶な願いも聞き入れてくれそうな雰囲気だった。
俺はズルいことを、考えてしまった。