35話 遠い季節①

 放課後を自分一人のために、使えるようになった。もう、スーパーへ寄らなくてもいい。気持ちを誤魔化しながら、スキンシップをとる必要もない。楽だった。

 

 学校では毎日、テストの返却が続いた。

 恋人だった頃、きーさんが俺の成績を気にかけていたのを思い出す。机に並べた九十点台の答案用紙を、携帯のカメラで撮った。写真を送ってみる。既読にすら、ならなかった。

 趣味の料理をする気力は、まるで湧かない。

 

 昼休みは相変わらず、踊り場へ足を運んだ。横内と喋っていると、笑ったり驚いたり、忙しく感情が動く。特別な時間だ。

 ときどき、頭に浮かぶ言葉がある。

 『俺は、横内君を好きだった時期もあるんだ』。

 

 彼はきちんと食事を、摂っているだろうか。

 

 

 

 三月になった。外は、雨が降っていた。

 

「最近、つまんなそうだな」

 踊り場でパンをかじっていると、横内が話しかけてきた。

「そうか?」

「入学したばっかりの頃もお前はよく、そういう顔してた」

「ふーん?」

「……少し、食う?」

 横内は普段なら死守する弁当を、自ら差し出してきた。

 丁重に、断っておく。

「桐本さんと、なにかあったのか?」

「うーん」

 

 別に、落ち込んでるつもりはなかった。だから言わなくていい気もしたけれど、彼は本気で心配しているみたいだった。

 迷った末、打ち明けることにする。

 

「きーさんに、告白された」

「マジか」

 上擦った声が返ってくる。けれど顔はいつもの無表情で、なんだか凄く安心できた。

 俺は口調をそのままに、続きも話す。

「横内の予想してた通り、関係も変わった」

「だから、言っただろ。距離、縮まったか?」

「別れた」

「え」

 箸を握りしめたまま、横内は固まった。

 

 隣で、パンをかじる。かじって、かじって、紙パックを掴んだ。ストローに噛みつく。

 吸い込んだ液体は、ただ苦いだけだった。思わず天井を、見上げてしまいそうになる。

 

「理由は?」

「きーさんの、役に立ちたいから」

「どうして――」

「俺じゃあ、役に立てないから」

「馬鹿だろ」

「そうか?」

 首を傾げて、コーヒーを飲んだ。苦味は口の中より先に、胸の奥へ広がっていく。

「後悔してねえの?」

「なんで?」

「なんでって、お前……」

 言葉の続きは、目が訴えていた。

 

 視線を外す。勢いよくストローを吸って、紙パックをへこませた。

 冷たすぎるし、不味い。きーさんの家にあるインスタントの方が、まだ飲みやすかった。

 コーヒーを味わうことのできる、相良さんが羨ましい。

 彼はいつだって、俺のほしいものを当たり前のように持っているのだ。

 

「やっぱ俺の弁当、食う?」

「腹一杯だから、いい」

 横内はいつになく、気を遣ってくる。今なら多少、無茶な願いも聞き入れてくれそうな雰囲気だった。

 

 

 俺はズルいことを、考えてしまった。