34話 告白⑤

「森君、合鍵返して」

 急に言葉から、温度が消えた。初めて聞く、冷たい声だった。

 

「きーさん?」

「恋人でもない赤の他人が普通、合鍵なんて持たないだろ」

 他人。普通。

 一つ一つの単語が、重く胸にのしかかってくる。

 また、なにかが、おかしい。

 

「もう夕飯作りに来たら、駄目ですか?」

「うん」

「絶対?」

「絶対」

 迷いのない顔を向けられたら、鍵を渡さないわけには、いかなかった。

 まごつきつつ、鞄を引き寄せる。

 サイドポケットから出すと、伸びてくる彼の手のひらに乗せた。

 青い鈴が、チリンと鳴る。

 

「きーさん、さっきから変ですよ?」

「森君。俺の呼び方、戻して」

「なんでいきなり、よそよそしくなるんですか?」

「別れたんだから、もう仲よくする意味ないだろ?」

「意味って……」

 わけが分からなくなる。

 だって変だ。さっきまで、笑い合っていたのに。

 

 いつか俺に対して恋愛感情がなくなったら、態度が変わるかもしれない、とは思った。

 相良さんを相手にするときみたく、余計な気を遣わなくなるかなあ、とか。距離を置かれる可能性だって、想像はしてた。

 けど、いくらなんでも急すぎだろ。

 

 マグカップを、掴んでいた。考えを整理しようと、コーヒーを呷る。

 

 ――きーさんにとって、俺は、彼氏じゃなければ、価値がなかったんだ。

 

 気づいた途端、激しくむせた。喉が引きつる。

「ごめん、森君。帰ってもらえるかな」

「……はい」

 目を、合わせられなかった。

 

 鞄を拾い上げる。からになったマグカップを持って、キッチンへ行く。

 磨かれたシンクに、自分の姿が映った。

 相良さんとは外見も中身も、まるで違う。恋さえできない、ちっぽけな高校生の俺がいる。

 

 自然と唇が歪んだ。

 

 蛇口をひねり、洗い物だけして玄関へ向かった。

 足は、やたらと重い。

 

 下駄箱の上には、シロが立っていた。瞳孔の開ききった目と、目が合う。寒い、と呟く声を聞いた気がした。

 俺はそっと視線をそらし、玄関の扉を開く。

 

「お邪魔、しました」