33話 告白④

「いつも、ありがとう。陸君」

「はあ……。俺はあなたの、小言にも感謝できるところが、好きですよ」

「あはは、ありがとう」

「本当に、まったく」

 俺は頬を緩ませると、コーヒーで喉をうるおした。苦くて、苦くて、そして温かい。

「俺の恋人が、陸君でよかった」

 ニコニコしながら、きーさんは口にする。

 自分もです。

 心の中で、呟いた。

「毎日が楽しく感じられるようになったのは、君のお陰だ」

「役に立ててますか、俺?」

 

 きーさんは、きっとまた俺の求める言葉を届けてくれる。

 期待して、シンプルな返事を待った。

「勿論。……好きだよ、陸君」

 目を細め、まっすぐ見つめてくる。

 すぐに気づいた。

 なにかが、おかしい。

「恋愛的な意味で、好きだ」

 

 その一言は、俺の心を揺らすには、十分すぎた。

 慌てて、コーヒーを飲む。なんの味も、感じなかった。

 

「相良さんを、諦められるんですか?」

 いいや、と否定してくれるのを期待した。けれど、きーさんは「うん」と頷く。

「横内のことも?」

 やっぱり、きーさんは「うん」と頷いた。

 全然、嬉しくなかった。

「俺には、陸君がいる」

 あどけない笑顔に、嫌な予感を覚える。

「きーさん……」

 どうして俺を、好きになったりしたんですか。

 

 黙っていると、胸が苦しくなってきた。うつむいてしまう。

「陸君が、誰にも恋をしないのは分かってる」

「横内には、するかもしれません」

「今更?」

 いつになく強い口調の、質問だった。

 恋の味を、知られたくないみたいだった。

 

 『……なんていうか。陸君とは、気を張らずに付き合えそうだよ』。

 彼が以前、浮気のルールを決めるとき、漏らした言葉を思い出す。

 まさか。いや、でも。

 不安を振り払うようにして顔を上げると、ごめん、と謝られた。

「感じの悪い、言い方だったね」

「いえ、大丈夫です」

 俺はマグカップへ、視線を落とした。暗い色の液体が、まだ半分以上残っている。

 

「気に障ったらごめんね。正直に話すんだけど、俺は陸君が性的魅力を感じる人じゃなくて、よかったと思ってる」

 

 突然、目の前が真っ暗になった。

 

 彼はただ、『絶対的に、浮気の心配をしなくていい人』を、『好きと思い込みたいだけ』なのかもしれない――。

 なんだか、怖くなる。

 俺相手なら、きーさんは元彼のときのように、傷つくことはないだろう。不安にならず、いられる。

 きーさんは、楽な道へ逃げるようになってしまったんじゃないだろうか。

 恋愛のできない俺が、彼氏になったせいで。

 

「やっぱり、男に恋愛対象として見られるのは、気持ち悪い?」

「ショックでした。けど問題は、性別じゃありません」

「横内君の知り合いだから?」

「いいえ。きーさんだからです」

 はっきり伝えると、視線をそらされた。

「告白したのを、後悔はしてないよ。嫌われるのも、覚悟の上だ」

「俺は今でも人として、あなたを好いてます」

「……恋人関係を、解消したくならないの?」

「それは……」

 

 横内への未練を断ち切ったあとも、ずっと、付き合い続けていきたかった。終わりは、きーさんが決めるものだと思っていた。

 でも。

 急に黙った俺を、優しく見守る瞳がある。

 彼の、役に立ちたかった。

 

「別れましょうか」

 

 恋人という肩書きを、外す。

 たったそれだけのことなのに、声が震えた。

「うん。分かった」

 彼の瞳に、光がたたずんだ。

「今までありがとう」

「俺の方こそ。これからは――」

 これからは友人として、変わらない付き合いを続けましょう、と言いたかった。

 けれど、話を遮られてしまう。

 

「ありがとう、陸君。君のポジティブなところ、好きだったよ。ぬいぐるみが似合うところも。寝顔も――」

「きーさん?」

 彼の瞳に佇む、光の色が気になった。

 諦めや無関心とも違う。この色は、なんだ。

 

「料理上手なところも。コーヒーに対する、リアクションも。謙遜しないところも。君の全部が、好きだった」

「きーさん? そんな大雑把な伝え方したら、明日から一日一回言うこと――」

「なくなるね」

 まっすぐ、見つめられた。

 ああ、そうか。

 

 俺は理解した。

 彼の瞳に浮かんでいる感情は。

 

 

 

 安堵だ。