32話 告白③

「……もう、遅いって」

 急にヤカンが、かん高く鳴きだす。

 慌てて体を離し、火を止めた。

「俺は、陸君が好きだよ」

「どこがいいと、思いましたか?」

 きーさんに、視線を戻した。顔をそらされる。

 沈黙が流れた。

 

 しばらくして、彼は呟く。

「……今まで好きになった、どの人とも違うところが好きだ」

 

 続けて知らない男性の名前を、口にし始めた。彼の、恋の歴史なのだろう。一音一音大切にしながら、声に出しているのが分かる。ときどき喉を震わせるのは、『苦手な人』との過去が、脳裏をよぎるからだろうか。

 黙って耳を傾けていると、相良さんが登場する。

 それから最後、俺にとって特別なアイツの名前も、出た。

 

 すぐに理解できなかった。

 

「俺は、横内君を好きだった時期もあるんだ」

 彼の、唇の端が歪んだ。

 俺はなんと言っていいか分からず、ただ立ち尽くす。

「お茶にしよう、陸君」

 きーさんは、ヤカンの取っ手を掴んだ。リビングへ行ってしまう。

 あとを追いかけた。コタツの上に置かれた二つのマグカップから、湯気が上っている。

 彼はヤカンをキッチンへ戻すと、席に着いた。向かいへ、俺も腰を下ろす。

 

「驚いたよね?」

 先に口を開いたのは、きーさんだった。

 

「俺、あなたが相良さんに振られたことなら、知ってました。横内に悔しい顔一つしないなんて、大人だなって思ってたんです」

「陸君は、すぐ感情が表に出るからね。あのコーヒー対決は、面白かったよ」

 きーさんは笑いながら、ティーバッグを湯の中へ沈めた。

「……情けないところ、お見せしました」

 顔が熱くなるのを、感じた。スプーンを握る。マグカップの中をぐるぐる、ぐるぐる、かき回す。

「今でこそ落ち着いたけど、俺も少し前は、かなりすさんでたんだ。職場の後輩に告白すれば、ゲイなのを隠されたまま振られて、ヤケ酒。あとから、男子高校生と付き合いだしたと聞かされれば、食欲不振」

 喋りつつ、きーさんはティーバッグを上下に振った。小皿へ移す。

 手元には、スティックシュガーが六本、用意されている。

 

「運悪く、その男子高校生っていうのは、俺が少し気になり始めていた子で――」

 細い紙の袋が、破かれる。砂糖は勢いよく、マグカップの中へ流れていった。

 俺は無言で、まだ未開封のスティックシュガーを集めると、服のポケットへしまった。

「聞いてる? 陸君」

「はい。ところで砂糖、入れすぎです」

「二本だけじゃ、全然足りないよ。返して」

「で? 気になる男子高校生が、どうしたんですか?」

「砂糖……」

 伸びてくる腕を無視して、俺はマグカップに口をつけた。

「うへえ」

 天井を見上げる。

「砂糖……」

 しばらく物欲しげな視線に、責められ続けた。

 静かに、ときが過ぎていく。

 

「……その高校生にね」

 ようやく諦める気になったのか、きーさんはコタツの中へ、両手をしまった。

「中一の頃からずっと好きだったって、言われてたんだ。年の差は気にかかったけど、彼みたいに純粋な子と付き合ったら、俺も変われるかもって思った。……その数日後だよ。二人が、カップルになったのは。食欲戻るまで、随分かかったなあ」

「あー。えーっと、それは……ごめんなさい」

 思わず、頭を下げていた。

「アイツ一時期、憧れと好きって気持ちを混同させてて……。悪気は絶対、ないはずなんです」

 

 変な汗が、流れだす。

 最悪だ。まさか横内が、きーさんに告白していたなんて。

 申し訳なさすぎて、顔を上げられなかった。

「もう、いいんだ。本人からも聞いてる」

「だとしたって、本当にごめんなさい」

 コタツに額を、こすりつけた。没収したばかりのスティックシュガーを四本全て、お詫びの品代わりに、両手で差し出す。

「なんで陸君が、謝るの?」

 受け取りながら、きーさんは尋ねてきた。

「横内の、世話係なので」

 軽快な笑い声が、耳をくすぐった。

 

 顔を上げると、彼は砂糖の詰まった袋を破いていた。植物の水やりでもするように、勢いよく紅茶へ注いでいく。

「体、壊しますよ」

「五本にしておこう」

「我慢が足りません」

「厳しいな」

 きーさんはスティックシュガーを一本だけ、開封せずに残すと、紅茶をすすった。