横内は、俺の頭に手を載せたまま、体を硬直させた。もしこの状況をクラスメイトに見られたら、また付き合っていると誤解されるだろう。
念のため辺りを見回してから、距離を詰めた。
唇を寄せる。
押しつけようとしたら、思いっきり膝を蹴飛ばされた。
「い、てぇー……」
「アホか!」
うずくまっていると、横内は仁王立ちで見下ろしてきた。
「桐本さんと、しろよ」
「もう、した。けど横内と、試したくて」
「なんで、そうなる!」
「好奇心」
「はああ?」
俺は思ったのだ。恋人にならなくても、横内とキスをすれば恋愛感情が芽生える可能性だってあるかも、と。
「俺は、自分が彼氏にされて嫌なことを、できる限りしたくない!」
「へえ」
また、相良さんに邪魔をされた。
「お前だって、桐本さんが誰かとキスしてたら、嫌だろ?」
「うーん、特には」
それに俺は付き合い始め、きーさんと『浮気はアリ』というルールを作っている。なにも問題がなかった。
「あー……、森の場合はそうなるのか」
横内は腕を組んだまま、前屈みになる。付き合う意味について、また考えているのかもしれない。
「横内は、相手がきーさんでもキスを拒否するのか?」
「当たり前だろ!」
「何度もしたのに?」
「そういう問題じゃない」
「ふーん?」
蹴られた足の痛みは、いつの間にか引いている。あぐらをかくようにして、床へ座った。
一瞬の我慢で済む口づけを、すぐ諦める気にはなれなかった。きーさんでさえ、横内とできたのだ。
二人の過去をヒントに、なにか方法があればと頭をひねる。
「以前、キスを迫ってきたのは、きーさんの方なんだよな?」
「まあ、うん」
「横内が、相良さんに振られたきーさんを慰めようとして、勘違いさせた……とか?」
「よく、知ってるな」
「二人の性格から、予想しただけ」
「……当たりだよ」
呟くなり横内は、しゃがみ込んだ。膝に、額をつける。当時を思い出して、恥ずかしくなったのだろうか。耳のつけ根は赤かった。
「もし、横内が相良さんと別れたら、キスして慰めていいか?」
「そんな日は来るはずないから、どうぞ」
ダメ元の提案は、あっさり受け入れられた。
「本当か!? 絶対だからな!」
頷く横内の顔は、いつも通り無表情だった。期待で胸が、ドキドキしてくる。
横内とキス。横内とキス。横内とキス。
キスをすれば、恋へ発展するかもしれない。そうしたらもっと周りの人の考えに共感できて、正しく世間と繋がれる。
きーさんだって、変な目で見られずに済むのだ。明るい未来が、頭の中で広がっていく。
だから
「桐本さんに嫌われたって、知らねえぞ」
という呆れた声が聞こえても、右から左へ抜けていった。