25話 勝負⑤

 相良さんは、これ見よがしにコーヒーのおかわりをした。一口味わってから、意地悪い顔を向けてくる。

 

「お前、なんでわざわざ苦手分野で勝負、挑んだんだ?」

「……コーヒーで勝たなきゃ、意味がないと思ったんです」

 テーブルに顎をつけたまま、答える。

 向かいから、腕が伸びてきた。頭を撫でられる。

 ゆっくりした、動きだった。

 

「コーヒー、好きになりたいのに」

 視線を上げると、きーさんが不安そうに瞳を揺らした。

 腕を引っ込めようとするので、慌てて掴む。

 手を繋いだ。

 指を絡める。

 じっと、目を見つめた。

 きーさんなら髪に触れてもいいです、という気持ちをこめた。

 

「なろうと思って、なれるもんじゃないよ」

 上擦った声が、耳元に届く。

「そうかも、しれませんね」

 俺はため息をつくと、手を離してコタツの中に入れた。

「あーあ。どこかに、恋愛感情も売ってればなあ」

「恋なんて、面倒なばかりだよ」

「だとしても――」

 視線の端に、相良さんが映る。寝ぼけた顔で、コーヒーをすすっていた。

 

「もしかして俺について、なにも聞いてませんか?」

「なにも?」

「性的魅力を感じないとか、恋愛感情が湧かないとか……」

 彼はあいまいな感じで、首を横に振った。

 どうやら、横内やきーさんは、あえて黙っていてくれたみたいだ。

 包み隠さず、打ち明けることにした。

 

 相良さんは目を丸くしながら、問いかけてくる。

「ゲイじゃないのに、男と付き合うとか……勿体なくねえ?」

「そう、ですか?」

「わざわざ、面倒な生き方を選ぶようなもんだろ?」

 悪気のない声に、きーさんがハッと息を呑むのが分かった。

 以前『付き合う意味、あるのか?』と尋ねられたときの、自分の心境を、唐突に思い出した。

「けど、俺がパートナーにしたいと思ったのは、きーさんだったので」

「じゃあ、やっぱりゲイか」

「恋はしてないです。あと、体の関係にも興味ありません」

 会話にズレを感じた。うまく理解してもらえていない気がする。歯がゆさと同時に、またいつものパターンなのかと、うんざりした気持ちになる。

 説明なんか、しない方がよかったかもしれない。

 

「なら急がなくたって、本気で好きな奴できたとき、交際とか考えたらどうだ?」

「一生、誰にも性的魅力を感じなかったら?」

「そんなわけ……」

 ないだろ、と言いかけたのが分かった。

 何度も聞かされてきた台詞だ。まだ若いし、とか。高校生だし、とか。いずれ実感できて当たり前のスタンスで、慰めてくる。

 けれど相良さんは、俺の予想していた言葉を全て呑み込んだようだった。

 数秒、間が空く。

 

 小さな声が聞こえてきた。

 

「決めつけは、よくないよな」

 

 相良さんの眼差しは、覚えのある哀れみを含んだものだった。向けられた先に、きーさんがいる。

 きーさんは下がり気味の目尻を、更に下げている。眉根を寄せ、困ったような顔になる。

 そうして少しだけ、笑った。