相良さんは、これ見よがしにコーヒーのおかわりをした。一口味わってから、意地悪い顔を向けてくる。
「お前、なんでわざわざ苦手分野で勝負、挑んだんだ?」
「……コーヒーで勝たなきゃ、意味がないと思ったんです」
テーブルに顎をつけたまま、答える。
向かいから、腕が伸びてきた。頭を撫でられる。
ゆっくりした、動きだった。
「コーヒー、好きになりたいのに」
視線を上げると、きーさんが不安そうに瞳を揺らした。
腕を引っ込めようとするので、慌てて掴む。
手を繋いだ。
指を絡める。
じっと、目を見つめた。
きーさんなら髪に触れてもいいです、という気持ちをこめた。
「なろうと思って、なれるもんじゃないよ」
上擦った声が、耳元に届く。
「そうかも、しれませんね」
俺はため息をつくと、手を離してコタツの中に入れた。
「あーあ。どこかに、恋愛感情も売ってればなあ」
「恋なんて、面倒なばかりだよ」
「だとしても――」
視線の端に、相良さんが映る。寝ぼけた顔で、コーヒーを啜っていた。
「もしかして俺について、なにも聞いてませんか?」
「なにも?」
「性的魅力を感じないとか、恋愛感情が湧かないとか……」
彼はあいまいな感じで、首を横に振った。
どうやら、横内やきーさんは、あえて黙っていてくれたみたいだ。
包み隠さず、打ち明けることにした。
相良さんは目を丸くしながら、問いかけてくる。
「ゲイじゃないのに、男と付き合うとか……勿体なくねえ?」
「そう、ですか?」
「わざわざ、面倒な生き方を選ぶようなもんだろ?」
悪気のない声に、きーさんがハッと息を呑むのが分かった。
以前『付き合う意味、あるのか?』と尋ねられたときの、自分の心境を、唐突に思い出した。
「けど、俺がパートナーにしたいと思ったのは、きーさんだったので」
「じゃあ、やっぱりゲイか」
「恋はしてないです。あと、体の関係にも興味ありません」
会話にズレを感じた。うまく理解してもらえていない気がする。歯がゆさと同時に、またいつものパターンなのかと、うんざりした気持ちになる。
説明なんか、しない方がよかったかもしれない。
「なら急がなくたって、本気で好きな奴できたとき、交際とか考えたらどうだ?」
「一生、誰にも性的魅力を感じなかったら?」
「そんなわけ……」
ないだろ、と言いかけたのが分かった。
何度も聞かされてきた台詞だ。まだ若いし、とか。高校生だし、とか。いずれ実感できて当たり前のスタンスで、慰めてくる。
けれど相良さんは、俺の予想していた言葉を全て呑み込んだようだった。
数秒、間が空く。
小さな声が聞こえてきた。
「決めつけは、よくないよな」
相良さんの眼差しは、覚えのある哀れみを含んだものだった。向けられた先に、きーさんがいる。
きーさんは下がり気味の目尻を、更に下げている。眉根を寄せ、困ったような顔になる。
そうして少しだけ、笑った。