用意するものは、いくつかあった。インスタントコーヒーに、マグカップを二つ。それとスプーン。湯の入ったヤカンはコタツに直置きできないから、鍋敷きを使った。
探るような視線が、三方向から届く。きーさんや相良さんばかりか、シロまでも様子を窺っているように思えた。
「他の方法にしたら?」
「嫌です」
「十分間でブラックコーヒーを、何杯飲めるかなんて……。カフェイン中毒になったら、どうするの?」
「大丈夫です」
「桐本さんの言う通りだって。今晩、眠れなくなってもキツいだろ?」
好戦的だったはずの相良さんまで、いつの間にか困惑気味だ。
「味比べなら、付き合ってやるからさあ」
「この家には、一種類しかコーヒーがありません」
「けど、そもそも陸君は――」
「問題なしです」
きーさんがなにを考えているのかは、想像がつく。無謀すぎると言いたいのだろう。
確かに、俺は前日までコーヒーが苦手だった。でも向き合ってさえいれば、急に美味く感じたりするかもしれない。
それと同じで恋も、いつかできるかもしれない。
瓶の蓋を開けた。中身をスプーンで、すくう。それぞれのマグカップへ、同じ量ずつ落とす。ヤカンの湯を注ぐと白い煙が、香りと共に立ち上っていく。
俺は二つのマグカップの中をかき混ぜ、声を張った。
「よーい、どん!」
「あ、おい。勝手に始めるなよ」
文句は無視して、茶の液体に挑んだ。
相良さんも、仕方なさそうにマグカップの取っ手を握る。そうして口を付けると、目の力を和らげた。気の抜けた表情のまま、飲み干してしまう。
「本格的な味ですね。結構、値の張るインスタントなんじゃないですか?」
呑気に喋りながら、瓶のラベルを眺めだした。
一方、俺はというと。
「うへえ」
三分の二以上、中身を残したまま、コタツの上にマグカップを置いた。
天井を仰ぐ。
「なんだ、その顔」
相良さんが面白そうに、笑った。
「勝負の最中ですよ! もっと真剣にお願いします!」
「へいへい」
返事をするものの、二杯目へ進む気配はない。
「陸君、頑張りすぎずにね」
「大丈夫です!」
きーさんの声援に、泣きたい気持ちになってきた。
どうして、コーヒーは苦いんだろう。
俺の口に合わないなんて、認めたくなかった。
マグカップを、両手で掴み直す。無理矢理、体の中へ流し込んだ。舌が、甘みを求めだす。
なにも考えないよう意識した。
「うへえ」
勝手に視線がまた、上を向く。
「もう飲めない」
コタツに突っ伏すと、笑い声が二つあがった。
悔しいけれど俺の負けだ。