24話 勝負④

 用意するものは、いくつかあった。インスタントコーヒーに、マグカップを二つ。それとスプーン。湯の入ったヤカンはコタツに直置じかおきできないから、鍋敷きを使った。

 

 探るような視線が、三方向から届く。きーさんや相良さんばかりか、シロまでも様子をうかがっているように思えた。

 

「他の方法にしたら?」

「嫌です」

「十分間でブラックコーヒーを、何杯飲めるかなんて……。カフェイン中毒になったら、どうするの?」

「大丈夫です」

「桐本さんの言う通りだって。今晩、眠れなくなってもキツいだろ?」

 好戦的だったはずの相良さんまで、いつの間にか困惑気味だ。

「味比べなら、付き合ってやるからさあ」

「この家には、一種類しかコーヒーがありません」

「けど、そもそも陸君は――」

「問題なしです」

 

 きーさんがなにを考えているのかは、想像がつく。無謀すぎると言いたいのだろう。

 

 確かに、俺は前日までコーヒーが苦手だった。でも向き合ってさえいれば、急に美味く感じたりするかもしれない。

 それと同じで恋も、いつかできるかもしれない。

 

 

 瓶の蓋を開けた。中身をスプーンで、すくう。それぞれのマグカップへ、同じ量ずつ落とす。ヤカンの湯を注ぐと白い煙が、香りと共に立ち上っていく。

 俺は二つのマグカップの中をかき混ぜ、声を張った。

「よーい、どん!」

「あ、おい。勝手に始めるなよ」

 

 文句は無視して、茶の液体に挑んだ。

 相良さんも、仕方なさそうにマグカップの取っ手を握る。そうして口を付けると、目の力を和らげた。気の抜けた表情のまま、飲み干してしまう。

 

「本格的な味ですね。結構、値の張るインスタントなんじゃないですか?」

 呑気に喋りながら、瓶のラベルを眺めだした。

 

 一方、俺はというと。

「うへえ」

 三分の二以上、中身を残したまま、コタツの上にマグカップを置いた。

 天井を仰ぐ。

 

「なんだ、その顔」

 相良さんが面白そうに、笑った。

「勝負の最中ですよ! もっと真剣にお願いします!」

「へいへい」

 返事をするものの、二杯目へ進む気配はない。

「陸君、頑張りすぎずにね」

「大丈夫です!」

 きーさんの声援に、泣きたい気持ちになってきた。

 

 どうして、コーヒーは苦いんだろう。

 俺の口に合わないなんて、認めたくなかった。

 マグカップを、両手で掴み直す。無理矢理、体の中へ流し込んだ。舌が、甘みを求めだす。

 なにも考えないよう意識した。

「うへえ」

 勝手に視線がまた、上を向く。

「もう飲めない」

 コタツに突っ伏すと、笑い声が二つあがった。

 

 悔しいけれど俺の負けだ。