22話 勝負②

 体の力が、抜ける。

 

 はあ。なんで相良さんまで、来るかなあ。

 

 洗面所の方から、水の流れる音がする。

 右隣に、きーさんが立った。

「手洗いうがい、しました?」

「うん」

「じゃあ、はい」

 シチューを小皿に装い、味見してもらう。

「最高」

 聞き慣れた感想が、返ってきた。

 視線を合わせ、お互い頬を緩める。

 

 左隣に相良さんが現れた。

「俺にも、一口」

「……どうぞ」

 顔を見るだけで、腹が立ってくる。俺は勢いよく、皿を突きつけた。

 受け取ると相良さんは、なんの警戒心もなく料理を口に運ぶ。その態度はまるで、俺をライバル視していた過去を、忘れてしまったみたいだ。

「え、美味うまっ」

 彼は、声をあげたと思ったら次の瞬間には、おかわりを要求してきた。

 大人の対応、大人の対応。

 俺は自分に言い聞かせながら、シチューを多めに皿へ盛りつけてやる。

 

 横内への未練を断ち切りたかったら、きっと相良さんを意識すべきじゃない。そのためには、きーさんみたいな心の余裕が必要なのだ。

 

「優しい味だよな」

「市販のルウを、使ってませんので」

「マジか!? お前、すげーな!」

「どうも」

 俺は、ただ母のレシピ通り作っただけだ。でも褒められると、悪い気はしない。顔がニヤつきそうになるのを、どうにか我慢する。

 きーさんが、間に割って入ってきた。

「食べさせてやっただろ。宏介はもう、帰れよ」

「え。ちょっと、すすっただけじゃないですか」

 大人の対応、大人の対応。

 俺はゆっくり、口を開いた。

「あの。沢山あるんで、相良さんも一緒に夕飯どうですか?」

「ほら。森君も、言ってくれてますし。ね?」

「……はあ」

 項垂れる恋人を横目に、俺はコンロの火を止めた。

 

 

 

 シチューは三人、コタツに入って食べた。

 噛むほど口の中で、鶏肉と野菜のうまみが広がっていく。でも、おかしい。忠実に真似たはずなのに、母の味には遠かった。

 コクが足りないのか、それとも――。

 

 分析していると、相良さんが脇から話しかけてきた。

「なんで俺が、わざわざ桐本さんの家まで押しかけてきたか、分かるか?」

「さあ?」

「森君の料理の腕前を、確かめるためだ」

「はあ」

「桐本さん、暇さえあれば俺に自慢してくるんだよ」

「へえ」

 意外だった。

 他人事のような気持ちで相槌を打つと、きーさんが向かいから身を乗り出してきた。

「り、陸君。宏介の話、本気にしなくていいから!」

「隠す必要なんて、ないじゃないですか。恋人ができて浮かれるのは、誰だって一緒でしょ?」

「う、浮かれてるつもりは――」

「それに、これだけ料理が美味かったら、人に言いたくなる気持ちも分かります。というわけで、桐本さん、また家に寄らせてください」

「目当ては、陸君の用意する夕飯か」

「勿論」

「絶対、来るな。食い尽くされる」

「大丈夫ですって。桐本さん、小食だし」

「そういう問題と、違う!」

 二人の会話は、テンポがよくて遠慮もない。気心知れた仲、という感じだった。

 

 ふーん。好きな人に振られたあとも続く友情って、あるのか。

 

 スプーンを口に運びながら、ぼんやり思う。

 もし別れたら、俺ときーさんはどんな関係になるだろう。恋愛感情が絡まない分、いくつもの可能性が考えられた。