翌日。食事を作って待っていると、きーさんは息を切らしながら現れた。冬だというのに、額に汗まで浮かんでいる。早く顔が見たくて、と言って頬を緩める様子は、やっぱり犬っぽい。
「そうですか」と返事をすると、彼はスーパーの袋を差し出してきた。
「プレゼント。俺のために料理してくれる陸君へ、絶対喜ぶもの買ってきた」
「え。なんか、すみませ……げっ」
中身を目にした瞬間、思わず小さな悲鳴をあげていた。
「好きなときに好きなだけ、うちで飲んでいいからね」
「うへえ」
俺は、インスタントコーヒーの瓶から視線を外すと、天井を見つめた。
「あなたの、さりげなく気遣ってくれるところが、俺は大好きですよ」
「陸君、棒読み棒読み」
きーさんの笑い声が、部屋中に響く。
俺は彼の無邪気な様子を、凄くいいなと思った。
「……俺も、陸君が好きだよ」
短い沈黙のあと、彼は言った。
「どこが、いいなと思いましたか?」
「……え? あ、ああ、そうだな。コーヒーに対する、リアクション?」
「酷い」
「あはは」
きーさんは足早に、リビングへ引っ込む。コートを脱ぎ、洗面所を経由してキッチンまで戻ってきた。鍋の蓋を開け、目を輝かせる。
「出汁の、いい香りがする」
「おでん、口に合えばいいですけど」
「絶対合うよ」
なんの根拠もないのに、彼は自信満々だ。
「あ。そうだ、きーさん。明日は家の用事で、来られないんです。だから昨日の残り、よければ食べてください」
「そっか……。仕事が休みになったから、二人でゆっくりできたらと思ったけど……、残念だな」
「なら昼間、少しだけお邪魔していいですか?」
「勿論! コーヒー飲みに来て」
「うへえ」
「あははっ」
次の日、きーさんからプレゼントされたインスタントを、湯で溶かしてみた。気のせいか、今までより飲みやすく感じる。
俺はいつかコーヒーを、美味いと思う日がくるだろうか。
誰かが好むものを、同じ気持ちで味わってみたかった。
恋だって、してみたい。
俺はまだ、横内を諦めきれずにいた。
特別な存在はそのままに、少しずつ、きーさんが日常に入り込んでくる。彼がいて当たり前の生活に、変わっていく――。