20話 きーさんのいる日常③

 翌日。食事を作って待っていると、きーさんは息を切らしながら現れた。冬だというのに、額に汗まで浮かんでいる。早く顔が見たくて、と言って頬を緩める様子は、やっぱり犬っぽい。

 「そうですか」と返事をすると、彼はスーパーの袋を差し出してきた。

 

「プレゼント。俺のために料理してくれる陸君へ、絶対喜ぶもの買ってきた」

「え。なんか、すみませ……げっ」

 中身を目にした瞬間、思わず小さな悲鳴をあげていた。

「好きなときに好きなだけ、うちで飲んでいいからね」

「うへえ」

 俺は、インスタントコーヒーの瓶から視線を外すと、天井を見つめた。

「あなたの、さりげなく気遣ってくれるところが、俺は大好きですよ」

「陸君、棒読み棒読み」

 きーさんの笑い声が、部屋中に響く。

 俺は彼の無邪気な様子を、凄くいいなと思った。

 

「……俺も、陸君が好きだよ」

 短い沈黙のあと、彼は言った。

「どこが、いいなと思いましたか?」

「……え? あ、ああ、そうだな。コーヒーに対する、リアクション?」

ひどい」

「あはは」

 きーさんは足早に、リビングへ引っ込む。コートを脱ぎ、洗面所を経由してキッチンまで戻ってきた。鍋の蓋を開け、目を輝かせる。

 

出汁だしの、いい香りがする」

「おでん、口に合えばいいですけど」

「絶対合うよ」

 なんの根拠もないのに、彼は自信満々だ。

「あ。そうだ、きーさん。明日は家の用事で、来られないんです。だから昨日の残り、よければ食べてください」

「そっか……。仕事が休みになったから、二人でゆっくりできたらと思ったけど……、残念だな」

「なら昼間、少しだけお邪魔していいですか?」

「勿論! コーヒー飲みに来て」

「うへえ」

「あははっ」

 

 

 次の日、きーさんからプレゼントされたインスタントを、湯で溶かしてみた。気のせいか、今までより飲みやすく感じる。

 俺はいつかコーヒーを、美味いと思う日がくるだろうか。

 誰かが好むものを、同じ気持ちで味わってみたかった。

 恋だって、してみたい。

 俺はまだ、横内を諦めきれずにいた。

 

 特別な存在はそのままに、少しずつ、きーさんが日常に入り込んでくる。彼がいて当たり前の生活に、変わっていく――。