「高校を卒業したあとも、ずっとセックスを拒み続けたら、きーさんだってさすがに嫌気が差しますよね?」
「俺はさ、陸君」
名前を呼ぶ口調は、穏やかだった。
自然に、「はい」と返していた。薄く目を開き、言葉を待つ。
「君に今、とても救われているんだよ。多分ちっとも気づいてないだろうけど、いい年した大人に希望を見せてくれるんだ。それって、セックスにはできないんじゃないかな」
「救う? 俺が?」
「うん」
一瞬、間が空いた。布団の、衣擦れの音が聞こえてくる。きーさんは体ごと、俺の方を向いたようだった。
「陸君は手を繋ぐのも、苦手?」
「いえ。大丈夫です」
好きじゃあないけど、と付け足す暇はなかった。布団の中に、なにかが潜り込んでくる。手の甲と、ぶつかった。
指を絡め取られる。
「あったかい」
「きーさんの手は、大きいですね」
それに、驚くほど冷たかった。体温を吸い取られてしまいそうだ。
けれど離したいとは、思わなかった。
「きーさん」
静寂に包まれた部屋の中、声が響く。
「希望って、なんですか?」
「……秘密」
「俺、もっと、きーさんを救えるようになりたいです」
「君は君のまま、いてくれるだけでいいんだよ」
段々、頭がぼんやりしてきた。まだ喋り足りない。なのに、意識が遠のいていく。
目の前の景色が、赤に染まり始めた。自宅のリビングに飾られた、紅葉の絵が見える。横内と相良さんも、現れた。ゆらゆら、揺れている。
夢の中へ、引きずり込まれる。
「おやすみ、陸君」
俺は眠りにつく直前、優しい声を聞いたような気がした。
そうして次に目を覚ますと、朝だった。
部屋の中が明るい。シロはいつの間にか、壁際へ移動していた。
きーさんは、あどけない表情で寝息をたてている。
立ち上がろうとして、足を掴まれた。
「おはよ」
トロンとした目が、俺を見上げる。
「きーさんのその顔、かわいいですね」
思わず感想を口にすると、
「陸君の寝顔も、かわいかった」
ニコリと微笑み、再び彼は瞼を閉じた。
眠りに落ちたのだろう。まるで動かない。
一日一回の日課は、終えてしまった。
不思議だ。『かわいい』なんて言われるのも、案外悪くない気がする。
できるだけ足音をたてないようにして、身支度を整えた。キッチンで携帯を弄りながら、時間を潰す。
二時間ほど経っただろうか。十時すぎ、ようやくきーさんが起きてきた。冷蔵庫の前に座り込む俺を見て、「わっ!」と声をあげる。
「ごめん。寒かったでしょ?」
「気にしないでください。俺、隅っこ好きなんです」
言いながら、両腕を伸ばしてみた。きーさんは目を丸くする。
戸惑い気味に、手を掴んできた。引っ張って、俺を立ち上がらせてくれる。
「君は甘えるのも、うまいね」
「今日はもう、一日一回のノルマ、達成してますよ?」
首を傾げて仰いだら、彼の唇は少しだけ歪んだ。