16話 続・二人と一匹、家の中。④

 とりあえず、夕飯の支度に取りかかることにした。調味料や調理器具のしまってある場所を、教わる。食べ物の好き嫌いも聞く。

 次は助けを借りずに、食事の用意ができそうだ。

 

 グラタンの具はジャガイモだけで、シンプルな味付けにした。

 きーさんの顔には、いつの間にか明るさが戻っている。

 今度はもっと、野菜を摂ってもらいたい。

 嬉しそうに頬張る彼を眺めながら、ぼんやり思う。

 

 完食までのペースは、二人して速かった。俺は洗い物を任せ、用意してもらった湯船に浸かる。

 風呂から出ると、持ってきたパジャマに着替えた。美容師なのを理由に、ドライヤーで髪を乾かしてもらう。頭をさわられるのも、少し慣れてきた。

 

 モーター音が止む。

 急に後ろから、抱きつかれた。

「なんか、付き合ってる実感湧いてきた」

「そう、ですか?」

 俺はきーさんの恋人だ。彼を人として、好いている。軽く体を撫でられるくらいは、気にならない。でもそれは、あくまで『性的な触れ合い』という意識が、なかった場合だ。

 

 顔を強張らせていると、体が離れた。

「恋人としてのスキンシップは、嫌?」

「凄く」

 素直に頷いた。

 きーさんは、「そっか」と呟き、肩を落とす。

 申し訳ない気持ちになって「浮気しても、いいですからね」と口にしたら、寂しそうな笑みを浮かべられた。

 

 

 けれど夜も更ける頃にはまた、冗談を言うようになっていて

「添い寝してくれるんじゃ、なかったっけ?」

 と、人なつっこい笑顔を見せてきた。

「シロの役目です」

 横になる彼の傍に、ぬいぐるみを置いてやった。それから室内を暗くして、豆電球だけにする。隣の布団へ、潜り込んだ。

 棒読みっぽい声が、聞こえてくる。

「あー、シロは優しいなあ」

 

 俺たちの間には、大きな黒猫が寝転がっている。互いの表情を確認するのは、難しい。でもきーさんが、ふざけた調子で添い寝の話題を振ってきた理由は想像がつく。

 スキンシップを避けられても、落ち込んだりしないから大丈夫だよ、という意思表示だろう。

 

 俺はゆっくり、天井を向いた。常夜灯の光さえ眩しく感じる。

 瞼を閉じた。

 

「きーさんはセックスできない彼氏なんて、物足りなくなりませんか?」

「うーん。宏介こうすけほど頭が固いわけじゃないけど、俺も高校生と肉体関係を持つのには、抵抗あるしなあ」

 彼の口から当たり前のように、相良さんの下の名前が出た。

「横内へ、イタズラしておきながら?」

 軽口を叩くと、落ち着いた声が返ってくる。

「彼とキスしたのをきっかけに、いろいろ考え直すようになったよ」

 

 『いろいろ』の詳細を尋ねるべきか、判断に迷う。

 

 俺は口を開いて閉じて、ゆっくり息を吐いてみた。

 その間に、別の、聞きたいことができた。