とりあえず、夕飯の支度に取りかかることにした。調味料や調理器具のしまってある場所を、教わる。食べ物の好き嫌いも聞く。
次は助けを借りずに、食事の用意ができそうだ。
グラタンの具はジャガイモだけで、シンプルな味付けにした。
きーさんの顔には、いつの間にか明るさが戻っている。
今度はもっと、野菜を摂ってもらいたい。
嬉しそうに頬張る彼を眺めながら、ぼんやり思う。
完食までのペースは、二人して速かった。俺は洗い物を任せ、用意してもらった湯船に浸かる。
風呂から出ると、持ってきたパジャマに着替えた。美容師なのを理由に、ドライヤーで髪を乾かしてもらう。頭を触られるのも、少し慣れてきた。
モーター音が止む。
急に後ろから、抱きつかれた。
「なんか、付き合ってる実感湧いてきた」
「そう、ですか?」
俺はきーさんの恋人だ。彼を人として、好いている。軽く体を撫でられるくらいは、気にならない。でもそれは、あくまで『性的な触れ合い』という意識が、なかった場合だ。
顔を強張らせていると、体が離れた。
「恋人としてのスキンシップは、嫌?」
「凄く」
素直に頷いた。
きーさんは、「そっか」と呟き、肩を落とす。
申し訳ない気持ちになって「浮気しても、いいですからね」と口にしたら、寂しそうな笑みを浮かべられた。
けれど夜も更ける頃にはまた、冗談を言うようになっていて
「添い寝してくれるんじゃ、なかったっけ?」
と、人なつっこい笑顔を見せてきた。
「シロの役目です」
横になる彼の傍に、ぬいぐるみを置いてやった。それから室内を暗くして、豆電球だけにする。隣の布団へ、潜り込んだ。
棒読みっぽい声が、聞こえてくる。
「あー、シロは優しいなあ」
俺たちの間には、大きな黒猫が寝転がっている。互いの表情を確認するのは、難しい。でもきーさんが、ふざけた調子で添い寝の話題を振ってきた理由は想像がつく。
スキンシップを避けられても、落ち込んだりしないから大丈夫だよ、という意思表示だろう。
俺はゆっくり、天井を向いた。常夜灯の光さえ眩しく感じる。
瞼を閉じた。
「きーさんはセックスできない彼氏なんて、物足りなくなりませんか?」
「うーん。宏介ほど頭が固いわけじゃないけど、俺も高校生と肉体関係を持つのには、抵抗あるしなあ」
彼の口から当たり前のように、相良さんの下の名前が出た。
「横内へ、イタズラしておきながら?」
軽口を叩くと、落ち着いた声が返ってくる。
「彼とキスしたのをきっかけに、いろいろ考え直すようになったよ」
『いろいろ』の詳細を尋ねるべきか、判断に迷う。
俺は口を開いて閉じて、ゆっくり息を吐いてみた。
その間に、別の、聞きたいことができた。