15話 続・二人と一匹、家の中。③

 『きーさんだからです』と口にしたのは、本心からだ。面倒と感じるより先に、体が動いていた。決して、恋愛感情が芽生えたわけじゃない。

 

 きーさんは、彼氏という立場になっても優しかった。一緒に遊べる場所を、考えてくれた。

 映画館、遊園地、水族館に山、バッティングセンター、コーヒーが評判の喫茶店。

 デートは、なにかと金がかかる。高校生なのを理由に、奢られてばかりも嫌だった。

 俺は出かける場所の選択肢を狭めながら、大人になったとき、したいことを言葉に変えていく。

 二人でお酒が飲みたい。旅行に行きたい。

 せっかく、付き合うのだ。横内への未練を断ち切ったあとも、ずっと関係を続けたかった。

 

「あと。迷惑じゃなかったら、きーさんの家を、コーディネートしてみたいです」

「殺風景だから?」

「はい」

 大きく頷くと、彼は下がり気味の目尻にしわを寄せて微笑んだ。どうやら、嫌じゃないようだ。

 調子に乗って、俺は言う。

「いつか、同棲できたらいいですね」

 すると急に、表情が曇った。歯切れも悪くなる。

「どう、だろう」

「一人の方が楽ですか?」

「……まあ、うん」

「寝相が悪いって心配だったら、いりませんよ。俺、一度眠ると、よっぽどじゃない限り起きませんから」

「あはは。なんだか君が俺の恋人なんて、身の程知らずな気がしてきたよ」

「俺を、手放しますか?」

「……いや。むしろ、逆」

 呟くなり、きーさんは自分の前髪をぐしゃっと掴んだ。

 

 ――そっか。彼も、同じ気持ちでいてくれてるんだ。

 嬉しくなって、勢いよく上半身を後ろに倒した。寝転がり、天井を見つめる。

 

「俺たちの関係って、変ですよね」

「だいぶね」

 言い切ったあと、きーさんは続ける。

「でも、お互い満足してるなら、いいんじゃないの?」

 穏やかな声だった。

 胸の温度が、上がっていくのが分かる。

 心地いいなと思った。出会ったときから彼はもう何度、俺のほしい言葉を口にしてくれただろう。

 つい、本音が漏れた。

 

「あーあ。きーさんの傍にいて、恋愛感情が湧いたらいいのに」

 でも、恐らく無理だろう。彼は横内じゃない。恋人と特別な人は、別だ。

 

 体勢を戻すと、俺はきーさんに、沢山の話をした。

 周りから横内との仲を冷やかされると、ぼやいたりもした。

 

「俺も学生のとき、ゲイなのがバレて嫌な目に遭ったよ」

 唇を歪める彼に、俺は首を傾げる。

「なんか『バレた』って思うの自体、違和感です。悪さしてるわけでも、ないのに」

「ああ、本当だね。ゲイなのは、ただの事実だ。誰にも性的魅力を感じないのだって」

「はい」

 きーさんは俺の『事実』を、ありのまま受け入れてくれる。恋愛感情の湧かない高校生を、否定せずにいてくれる。

 

 好きだなあと思った。

 人として、凄く。

 恋人がきーさんで、本当によかった。

 

 

 

 夕方になると、横内から電話が入った。挨拶もそこそこに、謝られる。

「昨日、ごめん。あとから思ったんだ。『付き合う意味、あるのか』とか、偉そうだったよな」

 向かいには、きーさんがいる。

 俺は彼の目を見つめたまま、横内に伝えた。

「俺さ、付き合う意味だけに囚われるの、やめる。恋人を大切にしたいって気持ちは、本物だから」

 通話を終えると、頬を赤くしたきーさんに「ありがとう」と礼を言われた。

 けれど自分たちの関係を、横内に説明したと告げた途端、表情が陰った。伝言ゲームのような形で、相良さんに話がいくのは嫌なのだろうか。

 室内の雰囲気が、一気に重くなった。