14話 続・二人と一匹、家の中。②

 きーさんは、ヘラヘラと笑う。

「仕事のときも忙しいと、よく昼食を抜くんだ」

「けど今日は、休日ですよ?」

「まあ、そうだね」

 目尻を下げる表情に、なんとなく不安を覚えた。

 

「ちなみに、今朝のメニューは?」

「ジャムパン」

「他には?」

「なにも」

 予感は的中だ。

 俺は小さく息を吐くと、コタツを抜け出した。

「お昼、作ります」

「え?」

 丸い目が見上げてくる。無視して、キッチンへ向かった。

「冷蔵庫、開けていいですか?」

「構わないけど、でも――」

 話し終わるより先に、取っ手を引いた。

 思わず、言葉を失う。

 

 中は、ほぼからだ。

 

「ね?」

 なにが、ね、なのか。

 追いかけてきたきーさんに向かって、つい、ため息を漏らしてしまう。

「確か正月はスーパー、閉まってましたよね」

「カップ麺なら、あるけど」

「夕飯は、どうするつもりだったんですか?」

「え? だからカップ麺」

「いつも、こんな食生活なんですか?」

「まあ、うん」

「はあ」

 今度は息と一緒に、声まで出た。

 

 再度、冷蔵庫と対峙する。あるのは牛乳と卵、チーズ、バターにマヨネーズ、苺ジャム。野菜庫で、ジャガイモも見つけた。

 

「きーさん、米あります?」

「パンだったら」

「じゃあ、夜はグラタンにしましょう。昼ご飯は、フレンチトーストでどうですか?」

「大歓迎だけど……。本当に作ってくれるんだ?」

「一晩、泊まらせてもらうお礼です。あ。でも、この家に調理器具って、存在します?」

「そっちは、任せて」

 言うが早いか、きーさんはコンロ下からフライパンを出してきた。

 まな板や包丁、ボウルも借りる。道具はどれも、使用された形跡がほとんどなかった。

 

 パンを切っていると、後ろから顔が近づいてくる。

「普段から、料理するの?」

「趣味で、ときどき。あんまり期待、しないでくださいよ?」

「うん」

 返事とは裏腹に、目が輝いている。傍を離れようとしない。なんだか、子供みたいだ。

 そのまま作業を続けることにする。

 

 

 できあがると皿に載せ、コタツへ運んだ。

「いただきます!」

 席に着くなり、きーさんは両手を合わせた。勢いよく、フレンチトーストへかぶりつく。

「美味い!」

「よかった」

 本当ですか、と尋ねたくなる気持ちは呑み込んだ。

 俺はあえて、砂糖や蜂蜜の代わりに、チーズと塩を使っている。甘党の、彼の好みを無視して作った。

「陸君は、料理ができて凄いなあ」

 あんまり嬉しそうな顔をするので、少し、くすぐったくなってくる。

 俺は注いだばかりのコーヒーを、口に含んだ。

「うへえ」

 相変わらず、苦い。

 しかめっ面で、天井を仰いだ。耳に心地いい、きーさんの笑い声がする。

 視線を落としたら、黒猫と目が合った。

 膝の上へ乗せてみる。シロは、虚空を見つめた。

「今度会うときは、外でご飯にしようか?」

「それより、きーさんはまず、日頃の食生活を改善するべきです」

「陸君は高校生なのに、しっかりしてるな」

 

 

 彼は完食すると、皿を持ってキッチンへと歩き出す。

「平日も、作りますよ」

 前屈みになった広い背中へ、言葉をかけた。

 小さな顔が振り返る。上下に瞼を動かしながら、首を傾げられた。

 俺は、言い直す。

「また食事の支度、させてほしいです」

「いやいや、さすがに悪いって」

 彼は手ぶらで、足早に戻ってきた。

「やらせてください。なんか、ほっとけません」

「それは俺が、横内君の知り合いだから?」

「きーさんだからです」

 

 はっきり口にすると、視線が揺れた。彼は無言で、向かいに腰を下ろす。

「俺が料理してるときに見せる、あなたのキラキラした目が好きです」

「えっ?」

「一日一回、です」

 俺はきーさんの、『好ましく感じるところ』を伝えた。ついでに、補足もしておく。

「あ。好きっていうのは、つまり、かわいいなって意味で」

「へっ?」

「で。かわいいっていうのは、シロに持つ感想と同じで」

「あー、なるほど。うん」

 きーさんは、指で頬を軽く引っかいた。

 そして。

 

「そうまで言われたら、作りに来てほしくなるじゃないか」

 と、遠慮がちに笑った。