きーさんは、ヘラヘラと笑う。
「仕事のときも忙しいと、よく昼食を抜くんだ」
「けど今日は、休日ですよ?」
「まあ、そうだね」
目尻を下げる表情に、なんとなく不安を覚えた。
「ちなみに、今朝のメニューは?」
「ジャムパン」
「他には?」
「なにも」
予感は的中だ。
俺は小さく息を吐くと、コタツを抜け出した。
「お昼、作ります」
「え?」
丸い目が見上げてくる。無視して、キッチンへ向かった。
「冷蔵庫、開けていいですか?」
「構わないけど、でも――」
話し終わるより先に、取っ手を引いた。
思わず、言葉を失う。
中は、ほぼ空だ。
「ね?」
なにが、ね、なのか。
追いかけてきたきーさんに向かって、つい、ため息を漏らしてしまう。
「確か正月はスーパー、閉まってましたよね」
「カップ麺なら、あるけど」
「夕飯は、どうするつもりだったんですか?」
「え? だからカップ麺」
「いつも、こんな食生活なんですか?」
「まあ、うん」
「はあ」
今度は息と一緒に、声まで出た。
再度、冷蔵庫と対峙する。あるのは牛乳と卵、チーズ、バターにマヨネーズ、苺ジャム。野菜庫で、ジャガイモも見つけた。
「きーさん、米あります?」
「パンだったら」
「じゃあ、夜はグラタンにしましょう。昼ご飯は、フレンチトーストでどうですか?」
「大歓迎だけど……。本当に作ってくれるんだ?」
「一晩、泊まらせてもらうお礼です。あ。でも、この家に調理器具って、存在します?」
「そっちは、任せて」
言うが早いか、きーさんはコンロ下からフライパンを出してきた。
まな板や包丁、ボウルも借りる。道具はどれも、使用された形跡がほとんどなかった。
パンを切っていると、後ろから顔が近づいてくる。
「普段から、料理するの?」
「趣味で、ときどき。あんまり期待、しないでくださいよ?」
「うん」
返事とは裏腹に、目が輝いている。傍を離れようとしない。なんだか、子供みたいだ。
そのまま作業を続けることにする。
できあがると皿に載せ、コタツへ運んだ。
「いただきます!」
席に着くなり、きーさんは両手を合わせた。勢いよく、フレンチトーストへかぶりつく。
「美味い!」
「よかった」
本当ですか、と尋ねたくなる気持ちは呑み込んだ。
俺はあえて、砂糖や蜂蜜の代わりに、チーズと塩を使っている。甘党の、彼の好みを無視して作った。
「陸君は、料理ができて凄いなあ」
あんまり嬉しそうな顔をするので、少し、くすぐったくなってくる。
俺は注いだばかりのコーヒーを、口に含んだ。
「うへえ」
相変わらず、苦い。
しかめっ面で、天井を仰いだ。耳に心地いい、きーさんの笑い声がする。
視線を落としたら、黒猫と目が合った。
膝の上へ乗せてみる。シロは、虚空を見つめた。
「今度会うときは、外でご飯にしようか?」
「それより、きーさんはまず、日頃の食生活を改善するべきです」
「陸君は高校生なのに、しっかりしてるな」
彼は完食すると、皿を持ってキッチンへと歩き出す。
「平日も、作りますよ」
前屈みになった広い背中へ、言葉をかけた。
小さな顔が振り返る。上下に瞼を動かしながら、首を傾げられた。
俺は、言い直す。
「また食事の支度、させてほしいです」
「いやいや、さすがに悪いって」
彼は手ぶらで、足早に戻ってきた。
「やらせてください。なんか、ほっとけません」
「それは俺が、横内君の知り合いだから?」
「きーさんだからです」
はっきり口にすると、視線が揺れた。彼は無言で、向かいに腰を下ろす。
「俺が料理してるときに見せる、あなたのキラキラした目が好きです」
「えっ?」
「一日一回、です」
俺はきーさんの、『好ましく感じるところ』を伝えた。ついでに、補足もしておく。
「あ。好きっていうのは、つまり、かわいいなって意味で」
「へっ?」
「で。かわいいっていうのは、シロに持つ感想と同じで」
「あー、なるほど。うん」
きーさんは、指で頬を軽く引っかいた。
そして。
「そうまで言われたら、作りに来てほしくなるじゃないか」
と、遠慮がちに笑った。