13話 続・二人と一匹、家の中。①

 チャイムを鳴らすと、扉はすぐ開いた。グレーのニットを身につけた、きーさんが姿を現す。

 彼は整った顔を驚きでいっぱいにしながら、まばたきを繰り返した。

「本当に来たんだ」

「お世話になります」

 お辞儀をすると頭上から、柔らかな笑い声が降ってきた。

「まあ、上がってよ」

「お邪魔します!」

 俺は脱いだスニーカーを、手早く揃えた。

 シロと目が合う。尖った耳に、そっと触れてみた。

 

 きーさんが、俺の頭を思いきり、撫で回し始める。

「髪が乱れるんですけど!」

「今日は、この家にずっといるんだろ?」

 なら問題ないとばかりに、益々、わしゃわしゃされた。

「人の髪いじるのって、好きなんだよなあ」

「俺は、いじられるの苦手です!」

 でも、きーさんの触れ方は、不思議と嫌じゃなかった。子供やペットをかわいがるときのような、愛情に似たものを感じるからかもしれない。

 

 彼は両手を腰に当てると、目元を緩めた。

「陸君の髪は、サラサラだね。今度、カットさせてよ」

「えー」

 不満を口にしつつ、洗面所を借りた。手を洗って、キッチンへ向かう。途中、黒猫とまた、目が合った。

 寒い、と呟く声を聞いた気がした。

 一緒に連れていくことにする。汚れ一つない、コンロや水回りの傍を通る。

 

 リビングから、きーさんが戻ってきた。

「コタツの電気つけたから、どうぞ」

「ありがとうございます」

「陸君ってさ」

「え?」

 足を踏み出したところで、呼び止められた。

「ぬいぐるみ、似合うね」

「女顔って意味ですか?」

 眉をしかめると、慌てたように首を振ってみせてきた。

「『一日一回、恋人の好ましく感じるところを伝える』が、決まりだろう?」

「うー……」

 そう返されてしまったら、文句は言えない。

「ゲイの人って、男っぽい顔立ちがタイプじゃないんですか?」

「いろいろかな。俺はこだわりないけどね。陸君は肌が白くて華奢だから、庇護欲をかきたてられるよ。口さえ開かなければ、さ」

「ずっと、黙ってましょうか?」

「いや。それはそれで、つまらない」

 笑みがこぼれ、きーさんの見た目の年齢が曖昧になる。嘘くさい面持ちもさることながら、少年っぽさの残る自然な笑顔も、悪くない。

 

 そういえば去年、横内が言ってたっけ。『たまに浮かぶ、桐本さんのあどけない表情に、気持ちを恋と錯覚させられる』、とか。

 

 うーん。錯覚ねえ。

 

「どうかした?」

「いえ」

 きーさんから視線を外し、すぐに背を向けた。上着を脱いで、今度こそコタツへ入る。シロは、傍に置いた。

 電気のじわっとした熱と、カーテン越しの柔らかな日差しが心地いい。

 コタツに顎を乗せ、瞼を閉じる。遠くで、きーさんの気配がした。

 

 俺は思う。

 彼は、かっこいい。背が高いし、顔も整っている。モデルでいそうな、雰囲気だ。

 

 けれど性的なものは、なにも感じなかった。動物園でライオンやオオカミを見かけたときに抱く気持ちと、似ているかもしれない。どうすれば恋愛感情と間違うのか、理解に苦しむ。

 

 足音が近づいてきた。きーさんは丸めておいたコートを、ハンガーに吊してくれた。

「陸君、お昼は?」

 尋ねながら、彼は向かいに腰を下ろす。

「食べました。きーさんは?」

「んー、まだ。でも俺だけなら、用意しなくていいかな」

「朝、遅かったんですか?」

「六時には起きて、摂ったよ」

 

 鞄から携帯を出して確認すると、時刻は十三時を過ぎていた。