11話 付き合う意味②

 ソファーの上で、あぐらをかいてみる。行儀が悪いと注意する人は、誰もいない。

 調子に乗って、寝転がった。

 

「それより森、なんか用事だったか?」

「んー。今日、途中で帰って悪かったなあと、思ってさ」

「俺の方こそ、ごめんな。気を利かせて、二人きりにしてくれたんだろ?」

「え。まあ、うん」

 本当は、相良さんと同じ空気を、吸っていたくなかっただけだ。でも口にするのは癪だから、寝返りを打って、話をそらした。

「あー、俺も泊まりに行こっかなあ」

「どこへ?」

「きーさん

「きーさん?」

「桐本さん。……あ」

 言い直してから、気がついた。早まったかもしれない。

 横内は相良さんの彼氏になる前、きーさんを好きだった時期があるのだ。結局、憧れの気持ちと混同していたみたいだけれど。

 とはいえ俺と付き合い始めたのを知ったら、いい気はしないんじゃないだろうか。

 

 俺の心配をよそに、横内はのんびり質問を投げかけてくる。

「あれ? 二人って、今日が初対面じゃなかったっけ?」

「まあ、うん」

「……もしかして桐本さんと、なんかあった?」

「んー、うん」

「本っ当、あの人、手が早いな!」

 叫んだのはショックでというより、呆れて、という感じだった。

「まさか、冗談半分にキスされたんじゃあ……」

「それって、横内の実体験?」

「相良と付き合う前に……ちょっと」

「へえ」

 少し驚いた。

 俺の、きーさんに抱くイメージが、優しくて心に余裕のある『軽い』男性へと変わった瞬間だった。

 

「まあ、考えなしに俺が挑発したのも、悪かったんだけどさあ」

「あー。だからさっき、警戒心を持てとか言われてたのか」

 脳裏に、相良さんの必死な顔がよぎる。

 つい、苦笑してしまった。俺より先に敵視すべきは、きーさんだろうと言いたい。

「森は、桐本さんが好きなのか?」

「人としてなら」

 

 面倒な話になりそうだ。

 俺は上半身を起こし、ソファーに座り直すと姿勢を正した。

 

「恋愛感情は?」

「全く。けど彼氏にするのは、アリ。ていうか俺たち、もう恋人同士なんだけどさ」

 口が、滑った。

 電話の向こうから、「は、はあ?」と素っ頓狂な声があがる。

 誤魔化すには、手遅れだった。

「え。だって、本気で好きなわけじゃないんだろ?」

「……知り合ったばっかりだけど、本気で好きだと思う。人として」

「俺のときと同じく、付き合ったら恋愛感情湧くかも、みたいな?」

「あくまで、人として好きなだけ」

 口を動かしつつ、立ち上がった。壁に飾られた絵へ、近づいてみる。

 

 横内は言う。

「まあ、二人が納得してるなら、口出しするもんじゃないだろうけど……」

 珍しく、ゆっくりした口調だった。長めの間が空く。

 それから。

「付き合う意味、あるのか?」

 

 横内の声が、耳の奥で冷たく響いた。

 なにかが喉に、つっかえる。

 

 視線の先にある、額の中の景色が、遠ざかっていくような錯覚に陥った。