ソファーの上で、あぐらをかいてみる。行儀が悪いと注意する人は、誰もいない。
調子に乗って、寝転がった。
「それより森、なんか用事だったか?」
「んー。今日、途中で帰って悪かったなあと、思ってさ」
「俺の方こそ、ごめんな。気を利かせて、二人きりにしてくれたんだろ?」
「え。まあ、うん」
本当は、相良さんと同じ空気を、吸っていたくなかっただけだ。でも口にするのは癪だから、寝返りを打って、話をそらした。
「あー、俺も泊まりに行こっかなあ」
「どこへ?」
「きーさん家」
「きーさん?」
「桐本さん。……あ」
言い直してから、気がついた。早まったかもしれない。
横内は相良さんの彼氏になる前、きーさんを好きだった時期があるのだ。結局、憧れの気持ちと混同していたみたいだけれど。
とはいえ俺と付き合い始めたのを知ったら、いい気はしないんじゃないだろうか。
俺の心配をよそに、横内はのんびり質問を投げかけてくる。
「あれ? 二人って、今日が初対面じゃなかったっけ?」
「まあ、うん」
「……もしかして桐本さんと、なんかあった?」
「んー、うん」
「本っ当、あの人、手が早いな!」
叫んだのはショックでというより、呆れて、という感じだった。
「まさか、冗談半分にキスされたんじゃあ……」
「それって、横内の実体験?」
「相良と付き合う前に……ちょっと」
「へえ」
少し驚いた。
俺の、きーさんに抱くイメージが、優しくて心に余裕のある『軽い』男性へと変わった瞬間だった。
「まあ、考えなしに俺が挑発したのも、悪かったんだけどさあ」
「あー。だからさっき、警戒心を持てとか言われてたのか」
脳裏に、相良さんの必死な顔がよぎる。
つい、苦笑してしまった。俺より先に敵視すべきは、きーさんだろうと言いたい。
「森は、桐本さんが好きなのか?」
「人としてなら」
面倒な話になりそうだ。
俺は上半身を起こし、ソファーに座り直すと姿勢を正した。
「恋愛感情は?」
「全く。けど彼氏にするのは、アリ。ていうか俺たち、もう恋人同士なんだけどさ」
口が、滑った。
電話の向こうから、「は、はあ?」と素っ頓狂な声があがる。
誤魔化すには、手遅れだった。
「え。だって、本気で好きなわけじゃないんだろ?」
「……知り合ったばっかりだけど、本気で好きだと思う。人として」
「俺のときと同じく、付き合ったら恋愛感情湧くかも、みたいな?」
「あくまで、人として好きなだけ」
口を動かしつつ、立ち上がった。壁に飾られた絵へ、近づいてみる。
横内は言う。
「まあ、二人が納得してるなら、口出しするもんじゃないだろうけど……」
珍しく、ゆっくりした口調だった。長めの間が空く。
それから。
「付き合う意味、あるのか?」
横内の声が、耳の奥で冷たく響いた。
なにかが喉に、つっかえる。
視線の先にある、額の中の景色が、遠ざかっていくような錯覚に陥った。