五分、電車に揺られたあと、三分ほど歩いて自宅へ戻った。
すぐ食事の支度に取りかかる。
生姜焼きを頬張りたい気分だったけれど、あいにく今朝、豚肉は使い切ってしまった。悩んだ末、オムライスを作ることにする。卵を半熟になるまで焼くと、炒めたケチャップライスへ被せた。
食べるときは、テレビをつけた。番組はバラエティーで、着物姿のゲストたちが転げ回るようにして笑っている。
家族のいない室内は騒がしくて、静かだ。
洗い物を済ませると、十分くらい休憩してから、横内へ電話をかけた。
時刻は二十二時六分。もう、帰宅しているだろうか。
「もしもーし」
電話に出た横内の声は、やけに弾んでいた。恐らく相良さんが、なだめるのに成功したのだろう。
心の中で舌打ちしつつ、携帯を耳に当て直す。
「今、時間大丈夫か?」
「おう」
「家にいるのか?」
「相良ん家」
「え」
「アイツ、風呂入ってるから、少し話せるけど?」
「ふ、ろ」
腰かけているソファーから、滑り落ちそうになった。いくらなんでも、展開が速すぎじゃないだろうか。
「え、おま、ヤるの?」
「ちげーよ!」
否定する声まで、どこか浮き足だっていた。
相良さんに、裏切られた気分だ。成人するまでキスすらしないと、断言していたはずなのに。
結局、セックスなしの関係は堪えられなくなったのか。
ソファーへ座り直すと、体は沈んでいった。
「二十歳になるまで我慢するから、一晩家に泊めてくれって、頼んだだけだし」
「へえ。お前でも、妥協したりするのか」
「だってアイツ、こればっかりは本当、頑固でさあ」
電話の向こうから「けどまあ、寝てる隙にキスくらいするかも」と、忍び笑いが聞こえてくる。
なんだ、よかった。体を繋がないまま、付き合っていけるカップルもいるんだ。
少し安心した。
息を吐いて、背もたれに寄りかかる。自然と、目線が上がった。近くの壁には、見慣れたレプリカの絵が、かかっている。
丁寧に描かれた真っ赤な紅葉の景色は、俺を明るい気持ちにさせてくれた。
「キスってそんなに、したいものか?」
「相良とだったらな」
「ふーん。……恋人、だから?」
「好きだから」
「ふーん」
恋愛は謎だらけだ。何故、唇を重ねることなんかに、必死になれるのだろう。もし、その価値が分かったら、俺も誰かにドキッとしたり、できるだろうか。