10話 付き合う意味①

 五分、電車に揺られたあと、三分ほど歩いて自宅へ戻った。

 すぐ食事の支度に取りかかる。

 生姜焼きを頬張りたい気分だったけれど、あいにく今朝、豚肉は使い切ってしまった。悩んだ末、オムライスを作ることにする。卵を半熟になるまで焼くと、炒めたケチャップライスへ被せた。

 

 食べるときは、テレビをつけた。番組はバラエティーで、着物姿のゲストたちが転げ回るようにして笑っている。

 家族のいない室内は騒がしくて、静かだ。

 

 

 洗い物を済ませると、十分くらい休憩してから、横内へ電話をかけた。

 時刻は二十二時六分。もう、帰宅しているだろうか。

 

「もしもーし」

 電話に出た横内の声は、やけに弾んでいた。恐らく相良さんが、なだめるのに成功したのだろう。

 心の中で舌打ちしつつ、携帯を耳に当て直す。

「今、時間大丈夫か?」

「おう」

「家にいるのか?」

「相良ん

「え」

「アイツ、風呂入ってるから、少し話せるけど?」

「ふ、ろ」

 

 腰かけているソファーから、滑り落ちそうになった。いくらなんでも、展開が速すぎじゃないだろうか。

「え、おま、ヤるの?」

「ちげーよ!」

 否定する声まで、どこか浮き足だっていた。

 相良さんに、裏切られた気分だ。成人するまでキスすらしないと、断言していたはずなのに。

 結局、セックスなしの関係は堪えられなくなったのか。

 

 ソファーへ座り直すと、体は沈んでいった。

二十歳はたちになるまで我慢するから、一晩家に泊めてくれって、頼んだだけだし」

「へえ。お前でも、妥協したりするのか」

「だってアイツ、こればっかりは本当、頑固でさあ」

 電話の向こうから「けどまあ、寝てる隙にキスくらいするかも」と、忍び笑いが聞こえてくる。

 

 なんだ、よかった。体を繋がないまま、付き合っていけるカップルもいるんだ。

 少し安心した。

 息を吐いて、背もたれに寄りかかる。自然と、目線が上がった。近くの壁には、見慣れたレプリカの絵が、かかっている。

 丁寧に描かれた真っ赤な紅葉の景色は、俺を明るい気持ちにさせてくれた。

 

「キスってそんなに、したいものか?」

「相良とだったらな」

「ふーん。……恋人、だから?」

「好きだから」

「ふーん」

 恋愛は謎だらけだ。何故、唇を重ねることなんかに、必死になれるのだろう。もし、その価値が分かったら、俺も誰かにドキッとしたり、できるだろうか。