「俺、あなたの作り笑い、割と好きです」
「……それ、褒めてる?」
「けなしては、いません」
素直な感想を口にするうち、ふと名案が閃いた。
「そうだ、桐本さん。これから、恋人の好ましく感じるところを、一日一回伝え合いませんか?」
「君は随分、突拍子もないことを言い出すね」
桐本さんは瞳を広げ、まばたきを繰り返した。
「だって俺たち、今日が初対面ですよ。考え方や嗜好を知るきっかけは、必要かなあと」
「一日一回なんて、すぐネタ切れするんじゃない?」
「俺のいいところ、ゼロですか?」
「あ。いや、森君じゃなく――」
「何事も、やってみないと分かりません」
彼は下がり気味の目尻を更に下げ、少しだけ笑った。
「君のポジティブなところに、俺は好感が持てそうだ」
「へへ。ありがとうございます」
自分から提案したとはいえ、他人に褒められるのは、くすぐったい。思わずコーヒーを啜って、口の中を苦くする。
「連絡先、交換しませんか?」
「いいね」
俺は近くに置いてあった鞄から、携帯を抜き取った。アプリを起ち上げる。
QRコードを通して、桐本さんをリストに追加した。名前は、『キリ』と登録されている。
彼は名字で呼ばれる方が嬉しいのかも、なんて想像してみた。
「恋人同士だと、あだ名やなんかで、声をかけあったりもしますよね」
「森君の、下の名前は?」
「陸です」
「じゃあ、陸君」
「じゃあ、きーさん」
視線を合わせ、二人で頬を緩めた。胸が温かくなる。
「あの、きーさん。俺、恋人ができたら行ってみたかったところ、あるんです」
目の前の顔が、ニコリとした。
「どこだろう? 遊園地? 水族館? それとも山?」
「ラブホテル」
「無理」
きーさんは急に表情を硬くすると、前のめりになって言い捨てた。
カップの中のコーヒーが、揺れる。
「えー」
「誘ってくれるのは嬉しいけど、君はもっと慎重になるべきだ」
「あ、いえ。セックスは正直、したくないんです。けどホテルの中がどうなってるのか、一度見てみたくて」
「つまり部屋には入るけど、お前はなにもせず我慢していろと」
「はい」
「もっと、無理!」
「えー」
「そもそも、陸君は未成年で、しかも高校生だから」
「なにか問題でも?」
「一歩間違えたら、警察署まで連行される」
「ホテルへ行かなければ、恋人でもない横内にイタズラしていいんですか?」
「……ちょっと、砂糖のおかわり、取りに行くかな」
急に立ち上がったきーさんが、よろけてコタツの脚を蹴飛ばした。「わっ」と小さな声がして、マグカップは傾く。
二人同時に、息を呑んだ。
甘ったるい紅茶と、苦すぎるコーヒーが水たまりを作っていく。
「あーあーあーあー」
騒がしくしていると、慌てたきーさんが布巾を持ってきた。丁寧に、拭き取っていく。幸い被害は、台の上だけだ。
「勿体ないこと、しましたね」
「陸君が変な話するから」
「俺のせいですか?」
「ごめん、原因は自分だ」
あんまり素直に非を認めるものだから、笑ってしまった。
向かいで彼も、はにかむ。
なんだか、きーさんのいいところは、いくらだって見つかるような気がしてきた。