7話 二人と一匹、家の中。④

 気づけば、日常のあれこれを愚痴っていた。

 好みの芸能人を尋ねられたって、困るとか。性欲自体はあるのに、とか。セックスしたら覚醒する、なんて助言は気持ち悪いだけだ。

 散々喋ったあと、コーヒーで口内を湿らせた。

 目が合う。

 

 不意に彼は、イタズラっぽい表情を浮かべた。

「森君さあ、いっそ俺の彼氏になる?」

「へ?」

 意外すぎる提案に、声が裏返ってしまう。

 

 俺は似たようなシチュエーションを、知っていた。悩みを抱える横内に、自分から思い切って、付き合わないかと申し出た覚えがある。

 

「俺はあなたに、恋愛感情ないですよ?」

 以前アイツが口にした台詞を借りて、返事をした。

 あのとき俺は、相手の気持ちを無視して随分と楯突いた。けれど桐本さんは

「あはは。冗談なんだから、真面目に受け止めないでよ」

 と、案をすぐ引っ込めてしまう。

 彼みたいな人となら付き合っても、不愉快になるどころか、横内を吹っ切れるかもしれない。

 

 だったら、いいなと思った。

 

「決めました」

 俺は目の前の柔らいだ笑顔を、じっと見つめた。

「え?」

 今度は彼が、目を丸くする番だった。

「恋人に、なりましょう」

 

 声にした『恋人』という響きだけで、胸はドキドキしてくる。突然、憧れる関係が、手の届く範囲にやって来たのだ。

 

 桐本さんは、笑みを引っ込めた。

「冗談?」

「いえ」

「俺、おっさんだけど、いいの?」

「たった、八才差ですよ?」

「気持ちは嬉しいけど――」

「じゃあ決まり。よろしくお願いします」

 話を遮って、お辞儀をした。

 強引だっただろうか。桐本さんは、固まっている。頭の中で、相良さんへの未練と天秤にかけているのかもしれない。

 断られるのを覚悟しながら、反応を待つ。

 

 けれど沈黙を破ったのは、前向きな一言だった。

「こちらこそ、よろしく」

 

 あ、そうか。

 俺はほころぶ唇の角度から、はっきり理解した。

 どうせすぐ別れることになると、思っているのだ。

 なんだか、腹が立った。意地悪な質問を、ぶつけたくなる。

「そういえば桐本さんは横内にイヤらしいこと、したんですよね?」

「あ、あのさ! 一応言っておくけど、最後までしたわけじゃないから」

「ふーん。じゃあ『イタズラ程度』に、したんですね」

「あー、まあ。あはは」

 

 しらじらしい笑い声が、部屋中に響く。目が泳ぎ始めた。もしかしなくても、彼は嘘をつくのが苦手なのだろうか。