気づけば、日常のあれこれを愚痴っていた。
好みの芸能人を尋ねられたって、困るとか。性欲自体はあるのに、とか。セックスしたら覚醒する、なんて助言は気持ち悪いだけだ。
散々喋ったあと、コーヒーで口内を湿らせた。
目が合う。
不意に彼は、イタズラっぽい表情を浮かべた。
「森君さあ、いっそ俺の彼氏になる?」
「へ?」
意外すぎる提案に、声が裏返ってしまう。
俺は似たようなシチュエーションを、知っていた。悩みを抱える横内に、自分から思い切って、付き合わないかと申し出た覚えがある。
「俺はあなたに、恋愛感情ないですよ?」
以前アイツが口にした台詞を借りて、返事をした。
あのとき俺は、相手の気持ちを無視して随分と楯突いた。けれど桐本さんは
「あはは。冗談なんだから、真面目に受け止めないでよ」
と、案をすぐ引っ込めてしまう。
彼みたいな人となら付き合っても、不愉快になるどころか、横内を吹っ切れるかもしれない。
だったら、いいなと思った。
「決めました」
俺は目の前の柔らいだ笑顔を、じっと見つめた。
「え?」
今度は彼が、目を丸くする番だった。
「恋人に、なりましょう」
声にした『恋人』という響きだけで、胸はドキドキしてくる。突然、憧れる関係が、手の届く範囲にやって来たのだ。
桐本さんは、笑みを引っ込めた。
「冗談?」
「いえ」
「俺、おっさんだけど、いいの?」
「たった、八才差ですよ?」
「気持ちは嬉しいけど――」
「じゃあ決まり。よろしくお願いします」
話を遮って、お辞儀をした。
強引だっただろうか。桐本さんは、固まっている。頭の中で、相良さんへの未練と天秤にかけているのかもしれない。
断られるのを覚悟しながら、反応を待つ。
けれど沈黙を破ったのは、前向きな一言だった。
「こちらこそ、よろしく」
あ、そうか。
俺はほころぶ唇の角度から、はっきり理解した。
どうせすぐ別れることになると、思っているのだ。
なんだか、腹が立った。意地悪な質問を、ぶつけたくなる。
「そういえば桐本さんは横内にイヤらしいこと、したんですよね?」
「あ、あのさ! 一応言っておくけど、最後までしたわけじゃないから」
「ふーん。じゃあ『イタズラ程度』に、したんですね」
「あー、まあ。あはは」
しらじらしい笑い声が、部屋中に響く。目が泳ぎ始めた。もしかしなくても、彼は嘘をつくのが苦手なのだろうか。