6話 二人と一匹、家の中。③

「俺は、黒猫の名前が『シロ』ってくらいじゃ驚きません。だってぬいぐるみは、中に白い綿が詰まってるだろうから。けど横内の知り合いが、自分の体を粗末に扱うのは、ほっとけないです」

 

 言い切って、またマグカップへ掴みかかった。

 コーヒーは苦い。苦くって、俺を拒絶しているみたいだ。

 

「さっき、羨ましいって呟いていたね。もしかして森君は……ゲイなの?」

 頷いてみたかった。だけど嘘をつくのは、嫌だった。

「違います」

 なりたいけど、なれないんです、と俺は付け足した。

「どうして、ゲイなんかに?」

「同性だろうと異性だろうと、恋に落ちることができればいいんです」

 

 俺はこれまで何度もしてきた話を、口にした。

 分かってもらえるとは、思っていない。どうせまた、そのうち出会いがあるよと励まされるだろう。

 見当違いも、いいところだ。俺はもう、横内という特別な存在を見つけている。あとは『きちんと、好きになる』だけなのだ。

 

 けれど言い訳じみた俺の主張を、桐本さんは真剣な顔で聞いてくれた。

 

「横内と付き合えば恋愛感情、持てる気がしたんですけどね。残念ながら、相良さんに取られちゃいました」

「どうして、横内君は特別なの?」

「俺、一人でいる方が好きだったんです。けどアイツと知り合ってから、他人と関わる面白さに気づいて。で。そのうち、自分も経験してみたくなったんです。横内の硬い表情さえ溶かしてしまう、恋愛っていうものを。だから――特別」

 俺は『特別』という言葉を使うとき、丁寧に口を動かした。

 

 桐本さんは眉根を寄せ、腕を組む。

「うーん、それってもう、横内君が好きなんじゃないかな?」

「だったら、よかったんですけど。漫画や小説と違うんです。一緒にいてもドキッとしないし、体に触れたいわけでもない。喋っていて、楽しいなあとは思いますが……。それって、ただの友達ですよね?」

「うーん」

 

 桐本さんから、聞き飽きた同情や否定の言葉は返ってこなかった。俺の話に、きちんと向き合ってくれているのが分かる。

 嬉しくなって、つい打ち明けていた。

「俺、今まで誰かに性的魅力を感じたこともないんです」

「うーん」

 

 彼はやっぱり、他の誰とも違う反応をする。

 興味本位な、傷つく質問もしてこなかった。