部屋へ入り、コタツのスイッチをオンにする。下半身を、布団の中へ滑り込ませた。
冷えた体の表面が、じわじわと熱に包み込まれていく。
「ぬくいー」
思わず、声が漏れた。
コタツの上へ、顎を乗せる。
目の前に、マグカップが二つ置かれた。湯気に混じって深みのある、独特な香りが漂ってくる。
「火傷に気をつけて」
俺は礼を言うと、カップで両手を温めた。息を吹きかける。
向かいに、桐本さんが腰を下ろした。
「森君は、ブラックコーヒーが飲めるんだね」
「挑戦中なんです」
「え?」
「……苦」
啜ると自然に、眉が寄ってしまう。
一度カップを下ろして、それからまた鼻先に近づけてみた。
匂いは、嫌いじゃない。嗅いでいると、賢い大人になった気になれる。けれど口に含んだ途端、苦みが広がり
「うへえ」
と、つい、天井を見上げていた。
「君は面白いな」
軽やかな、笑い声がした。
「コーヒーと格闘する姿が、ですか?」
「それもだけど、黒猫の名前が『シロ』なのも、この家に生活感がないのにも無関心だろ?」
「気にして、ほしかったですか?」
返事の代わりに、澄んだ音が聞こえてきた。
顔を正面へ戻す。
桐本さんは勢いよく、スティックシュガーをマグカップに流し込んでいた。
コタツの上には、既に破り捨てられた棒状の袋がいくつも散らかっている。
数えたら、五つもあった。
「桐本さん、砂糖入れすぎですよ!」
「あ。やっと、指摘してくれた」
スプーンを操る桐本さんの表情は、楽しげだ。
「なんか、コーヒーの色、おかしくないですか?」
「紅茶だからね」
「紅茶にスティックシュガー六本なんて、意味分かりません」
彼は、あははと笑い飛ばし、カップに口をつけた。
「し、信じられない……」
「甘くて、美味しいんだよ」
「体、壊しませんか?」
「よく聞かれる」
「でしょうね」
呆れ半分に、ため息をついて辺りを見回してみた。
室内は、白い壁で囲まれている。中央にはコタツ、それから隅にテレビがある。他は、なにもない。広々とした――というより、寒々とした空間だ。
そういえばキッチンや洗面所も、殺風景だった気がする。