5話 二人と一匹、家の中。②

 部屋へ入り、コタツのスイッチをオンにする。下半身を、布団の中へ滑り込ませた。

 冷えた体の表面が、じわじわと熱に包み込まれていく。

「ぬくいー」

 思わず、声が漏れた。

 コタツの上へ、顎を乗せる。

 目の前に、マグカップが二つ置かれた。湯気に混じって深みのある、独特な香りが漂ってくる。

火傷やけどに気をつけて」

 俺は礼を言うと、カップで両手を温めた。息を吹きかける。

 向かいに、桐本さんが腰を下ろした。

 

「森君は、ブラックコーヒーが飲めるんだね」

「挑戦中なんです」

「え?」

「……苦」

 すすると自然に、眉が寄ってしまう。

 一度カップを下ろして、それからまた鼻先に近づけてみた。

 匂いは、嫌いじゃない。嗅いでいると、賢い大人になった気になれる。けれど口に含んだ途端、苦みが広がり

「うへえ」

 と、つい、天井を見上げていた。

 

「君は面白いな」

 軽やかな、笑い声がした。

「コーヒーと格闘する姿が、ですか?」

「それもだけど、黒猫の名前が『シロ』なのも、この家に生活感がないのにも無関心だろ?」

「気にして、ほしかったですか?」

 返事の代わりに、澄んだ音が聞こえてきた。

 顔を正面へ戻す。

 桐本さんは勢いよく、スティックシュガーをマグカップに流し込んでいた。

 コタツの上には、既に破り捨てられた棒状の袋がいくつも散らかっている。

 数えたら、五つもあった。

 

「桐本さん、砂糖入れすぎですよ!」

「あ。やっと、指摘してくれた」

 スプーンを操る桐本さんの表情は、楽しげだ。

「なんか、コーヒーの色、おかしくないですか?」

「紅茶だからね」

「紅茶にスティックシュガー六本なんて、意味分かりません」

 彼は、あははと笑い飛ばし、カップに口をつけた。

「し、信じられない……」

「甘くて、美味しいんだよ」

「体、壊しませんか?」

「よく聞かれる」

「でしょうね」

 呆れ半分に、ため息をついて辺りを見回してみた。

 

 室内は、白い壁で囲まれている。中央にはコタツ、それから隅にテレビがある。他は、なにもない。広々とした――というより、寒々とした空間だ。

 そういえばキッチンや洗面所も、殺風景だった気がする。