4話 二人と一匹、家の中。①

 駅前の飲食店も、ショッピングセンターも、正月休みまっただ中だ。他に店らしい店もなく、桐本さんは自宅に誘ってくれた。

 快諾すると「君も結構、無防備だね」と驚かれる。

 

 誰の家にだって、上がる奴だと思われたなら心外だ。俺は横内から、桐本さんの人柄を聞いている。なので心配していなかったし、それに桐本さんが働く美容室を経営するのは、横内の父親だ。なにかしでかして、あとで困るのは彼の方だろう。

 

 俺たちは、畑と民家ばかり続く殺風景な道を、進んでいく。

「お参りしなくて、よかったんですか?」

「特に願いごと、ないしね。君は?」

「すぐ叶うような願いと、違うので。いてるときにまた、挨拶しに行きますよ」

 くすんだ灰色のアパートが、見えてきた。桐本さんの家は三階建ての一番下、角部屋だ。

 彼は鍵を差し込んで、ひねった。ぶら下がった赤い鈴が、小さく鳴る。

 扉が開いた。

「どうぞ、上がって」

「お邪魔します」

 一歩、足を踏み入れる。

 下駄箱の上に、大きなぬいぐるみが飾ってあった。サイズは、四十センチくらいだろうか。瞳孔の開ききった、個性的な顔の黒猫だ。

「触ってみても?」

「いいよ。好きなだけ」

 早速、頬を摘まんでみた。想像していたより、固い。猫は無表情のまま、虚空を見つめている。

 今度は抱きしめてみた。すっぽり、腕の中に収まってしまう。不思議と気分が、安らいだ。

 

「可愛くないけど、可愛いですね」

「妙な愛嬌があるだろ?」

「名前は、ついてるんですか?」

「俺はシロって、勝手に呼んでる」

「へえ、シロかあ」

 下駄箱の上へ戻し、耳と耳の間を撫でてみた。猫は、どうでもよさそうな態度を貫いている。

 

 俺はスニーカーを脱ぐと、屈んで揃えた。

「洗面所を使いたければ、左へ曲がったところにあるよ」

「じゃあ、お借りします」

 手を洗ってから、キッチンへ向かう。

 桐本さんは、ヤカンを火にかけていた。

「コーヒーか紅茶、飲む?」

「是非、コーヒーを」

「砂糖やミルクは?」

「なしで」

 

 ブラックコーヒーを頼んだ理由は、単純だった。相良さんが好きだからだ。

 正直、俺は苦手だ。でも彼に飲めて俺が飲めないなんて、なんか悔しい。

 

「奥のリビングでくつろいでいると、いいよ」

「でも」

「よかったら、コタツで温まって」

「ありがとうございます!」

 コタツ、の三文字は、俺の背中を押すのに充分だった。