あれこれ考えていたら、つまずいた。人とぶつかりそうになる。
さりげなく、桐本さんが肩を引き寄せてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。……それにしても、列の終わりはどこなんだろう」
「辿り着くだけで、一苦労ですね」
顎を高くする桐本さんの横で、そっとため息をつく。空気が、白く濁った。
近くで聞き慣れた、騒がしい声がする。
「お前は、なにかっていうと、桐本さんを引き合いに出すよなあ。そんなに好きなら、付き合っちまえ」
「やだ! 俺は絶対、相良と別れない!」
耳を傾けていたら、二人とは対照的なのんびりした口調も混ざった。
「うーん。俺も横内君は、遠慮だなあ。恋人にしたら、心配が絶えなそう。無防備すぎて……」
「そう! 本当、それですよ! 桐本さんの言う通り!」
人の列は直角に曲がる道路に沿って、続いている。
俺は会話に参加するわけでもなく、足を進めた。
「お前、ちゃんと周りを警戒してるのか? 特に、森君とか森君とか森君とか」
「はあ? なんで、しなきゃならねえんだよ」
「いや、するだろ。だって森君だぞ?」
三人の視線が、俺に向いた。相良さんだけ、敵意むき出しだ。
無理もない。俺が横内を口説いていた過去を、知っているのだ。まだ諦めきれてないのも、多分気づいている。
でも、大目に見てくれたって、いいだろ。俺自身、できれば、さっさと吹っ切りたいと思ってるんだよ。
「相良さんって、大人げないですよね。確か俺より六つ、年上のはずでは?」
「んなっ!?」
礼儀だけには厳しい親の教育の影響で、ついつい敬語を使ってしまう。例え精神年齢が低くても、年長者は年長者だ。
無意識に、ため息が出た。
最後尾まで到着する。
四人で固まって、整列した。冷たい風が吹き、傍にいる桐本さんと身を寄せ合う。
振り返ると相良さんは、横内を庇うようにして立っている。身長の低い俺が、あれを真似るのは、百パーセント無理だ。
帰ろう、と思った。せっかく横内に誘われたけど、相良さんが合流してしまったら、楽しい時間は終わりだ。
「なーんか寒いし、お参りは日を改めるかな」
雲ひとつない青い空に向かってぼやくと、隣で「俺も」と声がした。
「混んでるし、別の機会にしておこう」
きっと桐本さんも、この場から逃げ出したくなったのだろう。
引き留めようとする二人に「恋人同士、しっかり話し合えよ」と言い残し、背を向けた。両手をポケットに突っ込んで、歩き出す。
素っ気ない態度だっただろうか。あとで横内に、連絡を入れておこう。
相良さんはフォローしなくても、いいや。どうせお互いの印象は、最悪なのだ。
――それにしても、『恋人同士』か。
「羨ましい……」
呟くと、傍で
「はあ、羨ましすぎ」
と、聞こえた。
お互い「えっ」と顔を上げ、足を止める。
声の主は桐本さんだった。目を見開くなり、まばたきを始める。
俺には、彼の気持ちが手に取るように分かった。
「あの。このあと、時間ありますか?」
気づけば、話しかけていた。
慰め合いたかったわけじゃない。ただ、突然ぽっかり空いてしまった時間を、一人で持て余したくなかっただけ。
桐本さんは一瞬、口ごもる。
だけどすぐ、首を縦に振ってくれた。