2話 遭遇②

「えーっと、桐本きりもとです。二人を止めなくても、大丈夫かな?」

 姿勢を低くして、首を傾げられる。

 予想通りの、名前だった。俺は頭を回転させ、彼に関する記憶を次々取り出していく。

 

 桐本やすし。二十五才。数ヶ月前、同じ美容室で働く相良さんに振られた。横内と付き合い始めたのを、最近打ち明けられたばかり。現在は仕事仲間兼、友人として、相良さんの傍にいる機会が多い。

 

 あれ。なんか、驚くほど俺と立場が似てるな。

 

「放っておけば、いいんですよ」

 俺は桐本さんの口調に負けないくらい、柔らかく笑んで見せた。

 瞬間、目の端になにかが映る。

「危ない」

 横内の、首元に巻かれたマフラーを掴むと、引っ張った。数秒前まで彼のいた場所を、自転車が勢いよく走り抜けていく。

 

「随分、優秀な世話係だね。周りをよく見てる」

 面白げな顔で、桐本さんが笑った。

 なんだか嬉しくなる。公衆の面前、高校生に振り回されている大人とは違うと、褒められたような気がした。

 そっと視線を、動かしてみる。

 相変わらず相良さんは、横内に噛みつかれていた。

「嘘つき! 俺が好きなんじゃ、ないのかよ」

「どうして疑うかなあ」

「拒絶するからだろ! 顔近づけたら、露骨に避けやがって」

 数ヶ月前まで、ゲイなのを自認できなかった奴が、言うようになったものだ。

 感心しつつ、辺りにも目を向ける。

 元旦だからだろう。普段は静かな通りも、随分と賑わっている。近くには神社があって、いくつも屋台が並んでいた。どこからかソースの焼けるような、いい香りも漂ってくる。皆浮き足立っていて、同性カップルの会話を俺たち以外、誰も気にする様子はない。

 

「俺はお前が成人するまで、なにもしねえって決めてるんだよ」

「同じ大人なのに、桐本さんは何度も俺にしたぞ!」

「よ、横内君。誤解を招く言い方は、よそうか」

 それに、立ち止まっていると邪魔になるよと、桐本さんは話をそらす。

 彼の主張は、もっともだ。

 誰からともなく、歩き出した。一緒にお参りする予定なんてなかったはずの、大人たちに混ざって進む。目指すは鳥居へ続く、長い列の最後尾だ。

 隣にいる桐本さんへ、視線を送った。

 

 何度もしてたって、キスを、だろうか。

 いや。だけど、桐本さんが好きなのは相良さんのはずだよな。