もしかしたら、という期待は、いつだって俺を裏切る。
失恋は、突然だった。
いや、違う。正確に言うと、恋をしていたわけじゃない。俺は今まで一度も特定の誰かを抱きたいとか、逆に抱かれたいと思ったことがない。だけど、横内大斗は特別だった。
彼も俺も、高校生。少し前までは、同じクラスにいた。二年になり、過ごす教室が離れてからも交流は続いている。彼にとって、俺は親友だ。けれど周りからしたら、恋人同士に見えていただろう。
暇を持て余したクラスメイトは、噂と妄想が好きだ。何気なく口にした『女子に対して好きって感情も、性欲も湧かない』、『横内を気に入ってる』なんて台詞は、恰好の餌食になった。面白おかしく解釈され、周囲へ広がっていく。
認めたくはないけれど、俺の顔が中性的なのも、信憑性を高める要因の一つになった。
もっとも、俺の言葉に嘘はなかった。実際、誰にも性的魅力を感じない。横内以外の人間は、どうでもいい存在だった。なら彼を好きかというと、『友人として』と補足も入れる必要がある。
俺にとって、横内大斗は特別だった。初めて、他人といる楽しさを教えてくれた奴だ。
例えば、今だって。
「相良の、嘘つき!」
横内は、黒の野暮ったいコートのポケットから片手を出すと、立ち止まって正面を指した。
ちなみに、俺のフルネームは森陸だ。叫ばれた相手は、別にいる。歩道の向かいから現れた、二十代前半くらいの男性だ。
「お前なあ」
相良さんは一歩間違えたら鳥の巣みたいな、だけどお洒落にキマった髪を自ら、かき回して目を細めた。耳元のピアスが、きらきら光っている。
出会い頭から、横内は容赦がなかった。年が明けたばかりだというのに、挨拶すら後回しに恋人を責め始める。
無鉄砲な彼の行動は、ぼんやりする暇さえ与えてくれない。
怒りの理由を知る俺は心の中、もっとやり合え、なんて願ってしまう。
「まだ、機嫌直ってねえのかよ」
「当たり前だろ!」
背の低い横内は思いきり顔を上げて、抗議した。切れ長の瞳を大きく広げ、頬を上気させている。普段の無表情は、見る影もない。
――分かりやすい奴。
苦笑を噛み殺しながら、視線をずらす。
相良さんの隣に立つ男性と、目が合った。
細身の上質そうなコートを、羽織っている。相良さんよりも、少し年上だろうか。顔が小さくてスタイルもいいから、モデルみたいだ。垂れ下がり気味の目尻から、優しそうな雰囲気が漂っている。艶のある、茶の前髪が風で揺れた。
初めて見る人だった。でも誰なのかは、容易に想像できる。横内から毎日、相良さん絡みの話題を持ちかけられるのだ。お陰で自然と、交友関係にも詳しくなってしまった。
「ただの痴話喧嘩です。あんまり、気にしないでください」
近づいて話しかけると男性は、まばたきをしながら見下ろしてきた。
「あ、はじめまして。横内の世話係をしてます、森です」
深々と、お辞儀をする。本当は、横内の彼氏と言えたらよかったな、とか考えながら。
そう。俺は恋愛感情もないのに、横内と付き合ってみたかった。丁重に断られてしまったけれど、未練タラタラなのだ。